2008年5月10日 (土)

心の琴線にふれる言葉

 雨の中、本屋さんへ。本屋さん大好きです。ふと目に入った本がありました。「心の琴線にふれる」という表現に惹かれ、思わず買ってしまいました。その中から『人間の限界 霜山徳爾』

Photo かつて「シベリアおもちゃ」という言葉があった。もう若い人は何のことか判らないだろう。戦後、ソ連に抑留されて長い強制労働に服した日本人捕虜が、収容所内で拾ってきた小さな木片などをたんねんにきざんでつくった櫛とか人形などの細工物のことである。「よほど退屈でひまをもてあましたのですね」とある学生はその話をきいて言った。私は思わずこの体格の良い、マンガの本をかかえた若者の顔をまじまじと見てしまった。捕虜たちは毎日の重労働で、ひまな時間などありはしなかった。あるのは飢餓と疲労だけで、手すさびなどするどころではなかった。それにもかかわらず彼らに「シベリアおもちゃ」をつくらせたのは何か。それは、このような非人間的な状況の中でも、なお人間でありたいという無意識の哀しい願いである。

 心に響かない若者の姿が胸に突き刺さります。でも、「知らない」というのはそういうことなのかもしれません。もっとたくさんのことを知らないと。視野を広げないと。でないと、人間なのに『人間』に気づかないままでいるかもしれないから。

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2008年5月 9日 (金)

赤ちゃんポスト

  育児が困難な親が匿名で乳児を託せる熊本の慈恵病院の「赤ちゃんポスト」が設置されてから1年が経ちました。この1年で少なくとも16人が預けられたそうです。育児放棄の助長につながりかねないとの批判がありますが、病院側は救いを求める女性に果たした役割を強調しています。赤ちゃんポストは、乳児がごみ箱などに産み捨てられ死亡するのを防ぐため、緊急避難措置として設けられました。病院の理事長は設置当時、「赤ちゃんを預けるのではなく、できるだけ相談をしてもらいたい。」と安易な利用を避けるよう呼び掛けました。しかし、運用開始から数時間後に、3歳前後の男児が置かれ、その後も、ほぼ毎月置かれました。捜査当局は子どもたちのいずれにも外傷がなく、健康状態が良好なことなどから、虐待などの事件性はないとはみているようです。

 「赤ちゃんポスト」に関しては賛否両論あります。僕も正直なところ、どちらがいいのかわかりません。赤ちゃんポストのおかげで16名の命が助かったともとられます。でも、「親」って何なのだろうとも考えます。育てられないのに、なぜ産んだのだろう。あまりにも無責任ではないのかって。もちろん、それぞれの事情はわかりません。僕たちが想像できないほどの事情があったのかもしれません。でも・・・。

 マンボウという魚は1度に3億の卵を産みます。3億です。すごい数です。だからといって、海の中はマンボウだらけかというと、全然そんなことはありません。むしろ、全く見かけないというくらいです。なぜ3億も産むかというと、親が育てないからです。産みっぱなしなのです。たくさん産んで、そのうち1匹でも育てばいいや的な超無責任な発想なのです。だから、マンボウの子どもたちは成長する前にほとんど死んでいきます。しかし人間はマンボウとは違います。生まれてきた命に対して、愛情を惜しみなく注ぎます。それが本当は当たり前のことだと思うのですが。

 「赤ちゃんポスト」に子どもを預けた親はマンボウ的な発想とは違うと信じたいです。だから、いずれ病院に引き取りに来ると思います。でないと、やっぱりおかしいと思います。

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2008年5月 8日 (木)

パンダのしっぽ

 中国の偉い方が日本に来ています。パンダをどうのこうのという話が出ています。あっ、名前思い出しました。胡錦濤さんです。まあ、話はパンダ以外のことがメインですが。

 突然娘に「パンダのしっぽの色って白でしょうか、黒でしょうか。」と質問されました。「そりゃ、黒でしょう。」と言うと、「ブッブー。白でした。」って。えっ、そうなんだ。

 パンダの載っている本を見ると確かに白いです。というか、体の白の面積が結構多いような気がしました。どうも勝手に「しっぽは黒」って思いこんでいたようです。たいていのぬいぐるみのパンダはしっぽが黒いような気がします。これも勝手な先入観なのでしょうか、それともわざとなのでしょうか。

 この程度の思いこみは誰も傷つけないからいいですが(パンダは傷ついているかも。)、僕たちは変な先入観でモノを見てしまうことがあります。耳に入ってくる不確かな情報だけで、勝手に判断してしまうこともあります。いけませんね。情報は必要ですが、情報はあくまでも参考にとどめておかないと。でないと、本当はきちんと見ないといけない面が、先入観が邪魔してしまい、ぼやけてしまいますからね。

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2008年5月 7日 (水)

音読の宿題

 勤務校の今年の研修の柱は「表現力の育成」です。アプローチは国語科から。で、表現力を育成していくために、どのように仕組んでいくのかが話し合われました。『音読』が話に上がりました。良いことです。話すことや語彙を増やす基本です。そのうち「音読カードはどうするか。」という話になりかけました。ん?それは宿題では?授業ではないぞ。

 僕は音読を宿題で出していません。新採の頃と1年生を担任したときだけ出しました。後は出していません。今年も出していません。別に音読の宿題が悪いとは思いません。我が娘も家で音読の宿題をしています。読むたびに上手になるのですごいなぁと感心しています。でも僕は出しません。なぜかというと、家庭事情もさまざまで、家で読むと聞いてくれる人がいない場合があるからです。クラス30人中29人は聞いてくれる人がいたとしても、1人でも聞いてくれる人がいないならば、その宿題を出すことに抵抗を感じるからです。もちろん1人で読めばいいのかもしれません。でも、たいていの音読カードには「おうちの人サイン」があるわけです。誰かが聞いた証が必要になってくるのです。そういう子は学校で先生が聞くという方法もあります。なら、授業で音読をすればよいのです。それに、音読はやったかやってないかの証がよくわからないのです。何となく出しっぱなしの宿題になってしまうような気がします。ということで僕は音読の宿題を出していません。

 僕がおそらく怪訝そうな表情をしていたのでしょう。同学年の先生はそういうのをすぐ察知します。宿題は宿題としてで、音読は授業の中でも鍛えていこうという方向に話を修正してくれました。また迷惑をかけてしまいました。すみません。

 子どもたちの力を鍛えようと思えば、いろいろな手だてがあると思います。宿題もそうだろうし、朝の会や帰りの会の1分間スピーチも手だての1つでしょう。でもそれって授業外のことです。業間体育とかも同じです。そりゃ、やろうと思えば時間作ればできるでしょう。でも、決められた枠の45分間の授業の中でどう鍛えるかって考えるべきではないのかなぁ。時間作ろうと思えば7時間目でも8時間目でもすればいいのです。あっ、こうなってきたら授業増を考えている文科省と同じパターンになってしまう。

 授業の中で音読を鍛えましょう。1日5分でも1週間で25分。1ヶ月で100分です。30人中29人ではなく、全員の力をつけるのが僕たちの仕事ですから。

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2008年5月 6日 (火)

今日はなぜ休み?

 連休も今日で最後です。8月31日のような空しさはないけれど、何となく寂しいですね。で、そもそもなぜ今日が休みなのか。いったい何の振り替え休日なのか。実は去年、祝日法が改正されたものが施行されたためなのです。どう改正されたかというと、「祝日が日曜日にあたるときは、その日後において、その日に最も近い「国民の祝日」でない日を休日。」としたためです。つまり、今日は5月4日の「みどりの日」の振り替え休日なのです。日曜日の振り替えをわざわざ火曜日にしてくれているのです。なんて素敵な法律でしょう。ということは今年のようなパターンの場合、ちょっと前までは今日は休みではなかったのです。5月4日が祝日ではなかったですからね。

 春の連休は気候がいいので、行楽にはもってこいですね。でも、どこに行っても人が多いので、たいてい家にいますが。今年もひたすら庭改造と草抜きの日々でした。ちなみに来年の9月は超スペシャル5連休というのがあります。まだ1年以上も先の話ですが、ちょっとウキウキしますね。でも、運動会はどうなるのだろう。まあ、まだ1年以上も先の話ではありますが。

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2008年5月 5日 (月)

ターザン

Photo  「ターザン」を見ました。何度見ても、結構ドキドキします。ジェットコースターに乗っているかの如くジャングルを駆け回るターザンのスピードの速さはビックリです。それにしても仲間とは、そして家族とは何なのかを考えさせられる作品です。

 これを見ていると「アマラとカマラ」の話を思い出しました。狼に育てられた少女たちの話です。まあそれが実話なのかどうかは別として、子どもにとって身近にいる『大人』が生き方の手本になるには変わりありません。ターザンも周りにいる『大人のゴリラ』たちの姿が生き方の手本でした。

 今日は子どもの日です。子どもにとって『大人』である自分がきちんと手本になっているか、手本としての姿を見せられているかどうか、ターザンを見ながら改めて考えさせられました。

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2008年5月 4日 (日)

潮干狩り

 潮干狩りに行きました。干潮の3時間前ぐらいから始めるのが良いらしいです。今日の場合は、11時が3時間前。現地に着くと、ひたすら砂を掘ります。でもなかなか見つかりません。いつものパターンです。

 しかし、今回は行く前にインターネットで潮干狩りのコツを調べました。具体的にヒットするようなことは見つけきらなかったのですが、1つ、「上手そうな人を見つけ、その人の真似をする。」と何とも他人任せの方法がありました。というわけで上手そうな、いかにもプロっぽい人を探しては見たものの、見た目では分かりせん。いかにもっていう感じの人(このいかにもという基準も難しいのですが。)に、「貝、採れましたか?」と尋ねると、「全然。」と一言。バケツの中を覗いたら寂しかったし。

 それでも家族みんなで20個くらい採れました。娘2人もいくつか採れました。これでいいのです。別に貝を得るというのが最大の目的ではなく、貝をみんなで探すという行為そのものが、味わえたのですから。今日もおいしいビールが飲めそうです。

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2008年5月 3日 (土)

庭改造計画(その2)

 朝から家族総出(娘2人は砂遊びですが)でレンガで小道づくりです。腕が真っ赤に日焼けしてしまいました。でも、1日かけてほぼ完成しました。パチパチパチ。

 レンガは事前にホームセンターに注文していたのですが、砂を近くのホームセンターに何度も買いに行きました。砂置き場から車まで荷車で運搬。車の後ろに砂を大量に積むと、車がまるでウイリーをしているような感じでした。そんな様子を見かねたホームセンターの店員さんは、「車をそばまでもってきていいよ。」って優しく言ってくれました。ありがたいです。でも、積み終わった後に言わないでよ。

 4日かけて造る予定が1日で終わりました。よし、まだ3日あるぞ。

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2008年5月 2日 (金)

連休前夜

 「明日から4連休ですが、明日はどうして休みなのか知っている?」とクラスの子どもたちに聞くと、「ゴールデンウイークだから。」と返ってきました。ゴールデンです。今年は、ゴールデンという程の感覚はないのですが、明日から4連休です。うれしいですね。連休も働かれる方、不謹慎でごめんなさい。

 この4日間ですることは庭改造計画の続きです。29日にその1をしたのですが、やっぱりまずかったです。レンガで小道を造っているのですが、ある程度のガタガタは許容範囲だったのですが、あまりにも湾曲してしまいました。やり直しです。まあ、既に掘ってあるので修正すればいいだけですがね(それも大変ですが。)。でも、まだ全工程の1/5しかしていません。明日は、筋肉痛覚悟で、掘りまくりです。

 肉体労働の連休が始まります。これも結構楽しいんですけどね。終わった後のビールは格別においしいしね。 

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2008年5月 1日 (木)

学年活動

 「学年活動」という活動があります。毎年、PTAの学年代表になった方が頭を悩ませる活動です。今日、今年度の活動をどうするかを学年代表の方々と話し合いました。だいたいの方向性は決まりました。それにしても「学年活動」のメリットって何なのだろう。

 基本的に「子どもが主」の活動でないといけないと思います。以前、先輩の先生が「子どもを遊ばせるだけの会なら、別に学校でやらなくてもいい。」とおっしゃっていました。僕もそう思います。前任校の時は、子どもたちが自分たちでレストラン計画を立て、実際に作った料理をおうちの人に食べてもらったり、感謝を示す会を計画し、おうちの人を招待したりしました。PTAの学年代表の方が頭を悩ますようなことはあまりありませんでした。子どもが消費の主になるよりもむしろ生産の主になるべきだと考えました。まあ、前任校は小規模校だったから、自由気ままにできたのかもしれませんが(今でも、結構自由気ままにしてますが・・・。)。

 現勤務校は学年によってはかなり大変のようです(子どもではなく、保護者が。)。それが本当に子どもにとっても、保護者にとっても身になるものならば良いと思いますが。ただ、「例年やっているから。」というよくわからない理由だけで、保護者が苦労するだけの活動には絶対にしてはいけないと思います。中心になってやられる方が、あまりにも大変すぎます。もちろん、誰かが中心にならないといけないのでしょうが。

 本当はなくてもよい活動なのかもしれません。だからこそ、やるならば子どもも保護者も学校という場でしか味わえない何か得るものがないといけないのだと思います。

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