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2007年12月14日 (金)

詩のボクシング

 ここ最近、高学年を持ったときには『詩のボクシング』を行っています。この『詩のボクシング』は全国大会が行われているほどの立派なものです。1対1の声と声の戦い。自分の思いをいかに聞き手に伝えるか。国語科の「話す聞く」にはもってこいの教材だと思っています。

 なぜ『詩のボクシング』を取り入れたかというと、7年前に筑波大学附属小学校の公開授業で見たことがきっかけです。そこの6年生が『詩のボクシング』をしていて、もうそれはそれは衝撃的でした。大観衆の目の前で、自分の思いを「声」だけで届けるというシンプルだけど高度なもの。これは筑波の子だからできるのか、という思いがありましたが、クラスに持ち帰って、それなりにルールを変えてみてやってみると、筑波の子だからできたというわけではありませんでした。僕の目の前には筑波の子が堂々としていたことと同じ光景が。子どもにはそういう潜在的な力があるのです。それを今まで引き出していなかった自分に悔いました。

 『詩のボクシング』には創作詩と即興詩があります。創作詩は事前に作った詩を読みます。即興詩はその場で題目が示され、その場で詩を考えます。今日、クラスでは即興詩に挑戦しました。とにかく即興はおもしろいです。本当に「生の声」です。創作詩は修飾語でいくらでも飾れますが、即興はそういうわけにもいきません。飾る余裕もありません。だから、本音に近いことばが出ます。いやぁ、おもしろいです。

 即興詩はやらせっぱなしでは伸びないので、その後に振り返りをします。そこで、いろいろな話をします。たとえば「月」という題目に対して、どのように詩を展開していけばいいのか。「月」単独で攻めていってもいいけど、「太陽」「丸いもの」「光るもの」「うさぎ」などことばを広げていくという方法もあると。こういう話をしながら、無限の創造性を高めていきたいと思っています。

 とはいえ、僕たちがいつも誰かとしゃべっているのはすべて即興です。別に話すことをいつも書いてから、そしてそれを見ながらしゃべっている訳じゃないんですから。でも、即興で話すことばで人を傷つけることもあります。逆に、人を救うこともあります。即興は普段の考えや思いがもろに出ます。だからこそ、普段から意識したいですね。ことばには。

 『詩のボクシング』でクラスの表現力がみるみるついていくのを肌で感じます。こんなにおもしろいものが何故教科書に載らないのか、不思議でたまりません。

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