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2008年1月

2008年1月31日 (木)

年間指導計画

 計画訪問がありました。全教室道徳での授業。委員会の方々が授業参観に来られるのですが、13教室あるのでまあ3~4分の参観というところ。僕の教室が最後です。授業終了5分前にいらっしゃいました。あ~いうときの子どもの様子がおもしろいです。ちょっと背筋が伸びたりして。それなりに意識してんだと思う瞬間です。

 その後、委員会の先生方からの受指導で「年間指導計画にない授業をやるというのは如何なものなのか。」と若干語気を強めて言われました。暗に僕のことを言っているのだと思いました。今日、僕はワールドスタディーズというイギリスの人権教育からの資料をアレンジして授業をしました。普段使っている副読本は使っていません。子どもたちに今考えさせたいことが、副読本の中で都合の良いのがなかったからです。でも、その時々で子どもに伝えたいこと、考えさせたいことなんて変わるので、指導計画通りいかないことなんてざらにあるような気がするのだけど。って、素直に反省しない僕がいけないのでしょう。

 そういえば、詩のボクシングを研究授業でしたときもそこをずいぶんつかれました。年間指導計画にないものをって。年間指導計画かぁ。何か、むずかしいなぁ、学校の先生の仕事って。

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2008年1月30日 (水)

冷凍ギョーザ

 千葉県や兵庫県で、スーパーで購入した中国製冷凍ギョーザを食べた後、腹痛や吐き気、下痢などの中毒症状を訴え、9人が入院、うち女児1人が一時意識不明になっていたそうです。パッケージ内側からは、殺虫剤として農薬にも使われる有機リン系薬物「メタミドホス」が検出され、致死量は体重50キロの人で約1.5グラム。千葉、兵庫両県警は薬物混入量や流通経路などを調べているらしいです。

 食べ物に関しては消費者は完全に受け身の立場です。生産地や原材料などの情報を知ることはできるけれど、その情報は『正しい』ものとして普通は理解しています。昨年、偽装の問題がやたら出てきて、その情報すら不信感を抱くようになってきました。しかし、僕たちは食べずには生きてはいけません。情報を信じざるを得ないのです。だから、情報は『正しく』ないと非常に困るのです。

 まあどの段階でメタミドホスが混入したのかはわかりませんが、このせいで冷凍食品すべてに疑念が持たれます。1人暮らしの方やお弁当に大活躍の冷凍食品がこのせいで、買いづらくなります。スーパーで大量の冷凍食品が売れ残るのではないかと、そんな心配すらしてしまいます。今後マスメディアが気をつけなければいけないことは、あくまでも『正しい』情報を流すことです。食べ物に関して、僕たちは受け身なのですから。

 そのうち自給自足の生活が流行るのではないでしょうか。

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2008年1月29日 (火)

差別語を考えるガイドブック

 図書館で何気なく「差別語を考えるガイドブック」なる本を借りました。15年も前に発行された本だから、現代と多少合わないところもありますが、『差別』に対する認識は今も昔も変わりません。それにしても言葉には気をつけないといけないと改めて感じさせられました。

 私たちが日常的に使っている言葉のなかに、しばしば差別語が含まれているということがありますが、それ以上に問題なのは、一般に差別語とされる言葉が含まれていなくても、文脈によっては差別表現になることがあります。

 結局は意識の問題なのかもしれません。意識がきちっとしていたら、差別表現は使わないでしょう。人はそれぞれが違っていて当たり前だもん。そもそも差別というのは何らかの優越感から生まれます。自分の方が賢い、自分の方が力がある、自分の方が仲間が多い・・・ってところから。情けない優越感は誰のためにもなりません。人より秀でてると思う点があるならば、自分のため以上に人のために使うべきなのでしょうね。それが社会というものだと思います。

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2008年1月28日 (月)

親と子どもと携帯電話

 携帯電話のサイトで知り合った東京の小学校6年の女子児童を12時間にわたり連れ回したとして、未成年者誘拐容疑で、20歳の男が逮捕されました。女児は携帯電話のサイトにプロフィールや写真などを掲載。男はこれを見て「会って話をしよう」とメールしていたそうです。

 連れ回した意図とか詳しい男の心の中はわからないですが、理由はどうであれ100%男が悪いです。がしかし、個人情報を垂れ流しにしている6年生はどうなのかな。サイトに登録した段階で、その内容は不特定多数の人に見られるわけです。その中には善人もいるけど、悪人も多数います。あまりにも無防備のような気がします。

 この子の親は、この事実を知っていたのでしょうか。携帯電話を子どもに持たせるということは、常に危険と直面しているということを保護者として知っておかねばいけません。親は「子どもの安全のため」「コミュニケーションをとるため」なぁんて良いように考えているかもしれません。けれど、子どもたちはこの魅惑の代物に心が狂わされるのです。いろいろやってみたくなるのです。それが子どもなのです。だからこそ、親と子どもの間できちんとルールを定めないといけないのです。

 顔の見えない妙な安心感が、個人情報を垂れ流させたり、出会い系サイトへ導いたり、平気で人を傷つける言葉を流したり。せっかくのすばらしい道具を台無しにしていきます。ルールを守れない人は使っちゃダメだし、ルールを守れない子どもに使わしちゃいけないと思います。そして、親はルールを教えられないなら、子どもに携帯電話を与えちゃいけないと思います。

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2008年1月27日 (日)

初場所千秋楽

 横綱同士の決戦。相撲だけを見れば、ものすごくいい勝負。両横綱が力を出しきったという感じ。相撲だけを見れば・・・。

 僕は今場所朝青龍がこてんぱんに負けたらいいと思っていました。確かに朝青龍は強いです(まあ、大関陣をはじめ、他が弱すぎるのかもしれませんが。)。でも、2場所も出場停止になったという重みを知るためにも、土俵上で感じてほしかったです。13勝2敗・・・、2場所休んでも、ある程度の成績を残せるなんて、呑気に構えないかなぁ。

 2週間前の初場所開始の頃とずいぶん周りの見方も変わってきました。「さすが横綱。」って何となく周りが思ってきちゃっています。来場所、朝青龍が優勝でもしようものなら、2場所出場停止のことなんて、遠い昔の話になってしまうかもしれません。それでいいのかなぁ。 

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福士加代子

 大阪国際女子マラソンの福士さん。30キロすぎまでは、どんなタイムが出るのかとワクワクしてみてたけど、一気に失速。マラソンは30キロ過ぎてからが勝負と言われるけど、まさにその通りの結果になってしまいました。

 その後、何人もの人に抜かれ、足はけいれんを起こし、何度も転び。それでも彼女は笑顔でした。沿道の人が一緒に歩きながら彼女を声援する映像が印象的でした。そうさせるのが彼女の人柄なのだと思います。

 勝負の世界は厳しいので、「マラソンを甘く見るな!」的な批判もあるかもしれませんが、彼女は今回の結果をマイナスとしてではなくプラスに捉えていると思います。今後、より磨きがかかった彼女の笑顔の走りに期待したいですね。

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2008年1月26日 (土)

ガソリン税

 国会が始まり、議論の中心は「ガソリン税」のようです。最近どんどん上がるガソリン代。価格が1リットルあたり25円安くなるかならないか。これは大きな問題です。まあガソリン税って、ガソリン入れたときにもらうレシート見たらわかりますが、1リットルあたり53.8円も払っています。ガソリン代の1/3は税金ということです。この25円っていうのは、もともとあった28.7円分の税率に1976年と79年に上乗せされた分です。それが今年の3月いっぱいで上乗せ期限が切れるのです。

 25円安くなるのはものすごくありがたいのですが、どうもその場限りの応急手当な気もします。25円を道路のためにって考えるからおかしいのであって、他に使えばいいのに。地方によっては道路が必要なところもあるのだろうけど、なくてもいいところにバンバンつくっているのも現状です。25円全部が全部道路に使うのではなく、福祉や教育に使えばいいのに。使わなくても事足りるなら、その分だけガソリン代を安くすればいいと思います。今まで普通に使っていた25円を一気になくすっていうから、困惑しているような気がします。

 今の世の中を広く見渡して、財源をどう使うのが有効か、政治家の皆さんは考えましょう。自分の利権や感情にとらわれず、本当に必要なものを見極めてください。

 日本国憲法の前文、そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し・・・。国民の代表者の議員さん、選挙がどうのこうのとかでなく、お願いしますね。 

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2008年1月25日 (金)

伝書ガレイ

 千葉県銚子市の銚子漁港で水揚げされた体長およそ50センチのカレイの裏側に、15年前に神奈川県川崎市の小学1年生の女の子が書き、風船で飛ばした手紙が張りついていたそうです。 「私は小学校1年生です。このお手紙を拾った方はお返事を下さい・・・」って。この手紙を書いた方は現在は大学2年生です。15年間海の底1000mのところにあった手紙がひょんなことから発見されたわけです。いやぁ、ビックリです。

 最近、悲しくなるニュースが多い中、ほんのり心が温かくなるニュースです。それにしても、何気なく飛ばした手紙を乗せた風船が15年たっても読める状態で残っていたというのは奇跡的なことですね。

 まあ科学的なこととかが好きなマスコミはなぜ15年たってもって調べたりもするのかもしれませんが、「15年たって見つかった。そして漁師さんの手から書いた本人に手渡った。」この事実だけで十分です。この話に、難しいことはいりません。

 伝書鳩ならぬ伝書ガレイ。大きな幸せを運んでくれました。

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2008年1月24日 (木)

寒い

 寒いです。こういう日は焼酎のちょっと熱めのお湯割りに柑橘系の果物絞って飲むといいのでしょうが、まだ週末ではないので少し我慢、我慢。

 寒い日の朝は起きるのがさすがにつらいです。「うりゃっ!」って気合い入れないと起きられません。しかし不思議なことにこれが週末になると、気合い入れなくても起きられてしまう。結局精神的な問題なのです。

 明日も気合い入れて起きよう。明日は金曜日。仕事終わったら、しこたま焼酎飲もぉっと。

 

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2008年1月23日 (水)

家庭科という教科

 友人の鯉太郎さんからメールが。執筆者になるそうです。テーマは「家庭科」。彼と僕は大学の時、家庭科の研究室にいました。彼は高校と中学校の家庭科の先生を経験し、現在は小学校の教壇に立っています。さまざまな校種を経験しているだけに彼の言葉は重たいです。

 僕たちはよく「なぜ家庭科なのですか?」と聞かれていました。これがもし、専門が国語や社会なら聞かれることはありません。なぜ聞かれるかというと、男が家庭科だからです。まあ、そういう固定概念っていうのはどうしてもありますがね。でも、家庭科でいう衣食住の世界をのぞいてみると、男だらけです。例えば、レストランに行けばたくさんのシェフがいますが、男の人ばっかりです。鯉太郎さんもフグを捌けます。ファッションの世界にも住居の世界にもたくさんの男の人がいます。それなのに、「家庭科」とひとまとめにすると、男の影が薄くなるのです。これは家庭科=家事のような感があるためで、今まで家事は女の仕事だなんて風潮を作ってきた社会にも問題があるのでしょうがね。

 そんな家庭科ですが、人によっては「なくても良い」と考えられている教科でもあります。小学校では6年間で5400時間学習しますが、家庭科の時間はたったの115時間です。1/50です。寂しい扱いです。ご飯の炊き方やミシンの使い方なんて家でもできるし、最近は機能が発達しているのでボタン1つで何でもできる時代です。家庭科という教科がなくなっても、表面的にはあまり問題がないのかもしれません。でも、家庭科という教科で本当に身につけたいのは、そういう技能面ではなく、『生き方』なのです。

 時代が急速に変化する中、流されることなく生活の主体者としてどうやって自分らしく生きていくか。それを家庭科という教科で学ぶのです。その中で、食を学んだり、衣服を学んだり、家族のあり方を考えたりするのです。まあ、教える側の私たちが忙しさや他の教科のしわ寄せのために家庭科をないがしろにしてしまっているのも事実です。だから、本来もっと伝えなければいけないところをあまり扱わず、ただエプロン作った、卵焼き作ったという形だけで終わらせてしまっているところもあります。言い訳にしかなりませんが。

 生活習慣病の子、夜遅くまで起きている子、親から愛されない子、そして親を愛さない子・・・。私たちの周りには『生き方』を伝えなければいけない子どもがたくさんいます。やはり、今という時代だからこそ家庭科という教科が必要ではないかという気がします。 

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2008年1月22日 (火)

控訴

 福岡の飲酒運転の事件。被害者側は既に危険運転致死傷罪の適用を求めて控訴していましたが、加害者側も量刑不当ということで控訴したようです。ビックリです。

 もちろんマスコミからの情報しか入ってこないので、何が本当に正しいのかとか(例えば被害者側が居眠り運転をしていたとか。)わかりませんが、最大の問題点は飲酒運転でしょう。そこがブレてはいけません。裁判は常に被害者の立場に立って行われるべきです。それでなくても家族を失った悲しみを一生背負っていかないといけないのに。

 法律が時代のニーズに合っていないのかな。この事件で25年の判決ではなく7年6ヶ月になったことだけでも衝撃だったのに。3人の子たちは天国から「いい加減にせんかいっ!」って怒っているだろうな。この声、加害者に届いているかな。

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2008年1月21日 (月)

リスニング

 大学入試センター試験で最近いつもトラブルが起こるリスニング試験。今回も機器の不具合やら携帯の着メロが邪魔したりなどのトラブルが起こりました。この種の試験はトラブルがつきものです。人生を左右する試験ですが、100%完璧というのは難しいのかもしれません。

 ならやらなきゃいいのにって思う人もいるでしょうが、『聞く力』をはかるためには必要なのです。最近は高校入試でもリスニング試験が行われています。英語だけではなく国語でも行われています。まあ、それだけ『聞く力』が落ちているのかもしれません。

 中学校の先生に「子どもたちが中学校に行くに当たって、小学校のうちにつけておきたい力って何ですか?」と問うと、あっさり『聞く力』と言われます。先生や先輩の話を聞けないそうです。情報が多い世の中です。さまざまなところから必要不必要関係なしに情報が垂れ流されています。真剣に聞くという行為自体、世の中が奪っているのかもしれません。 

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2008年1月20日 (日)

CM大賞本審査

 先日クラスで作ったCMが1次審査を通っていたのですが、今日が本審査の日でした。テレビの公開収録と抱き合わせで行われました。小学校の部は10作品。どの作品もかなりのデキ。30秒間に魂が込められた感じ。おもしろかったです。その後、一般の部15作品を見終わったあと、本審査が行われました。

 まずは優秀賞。その中で本校の名前は呼ばれず。そして審査員特別賞。ここでも名前が呼ばれず。残りはグランプリと準グランプリだけ。そして準グランブリ。ここで何と本校の作品が。パチパチパチ。準グランプリに選ばれたということで、テレビの電波を通して普通にCMが流れます(まあ、県内だけですが)。

 もちろん、賞を目指して作ったわけではありません。クラス全員で1つの作品を作ることに価値を見出したので。それにCMのテーマは「友情」です。大切なのは作ったCMが嘘にならないクラスにすることだと思います。という意味でも、これで完結というわけではありません。

 それにしても30秒で伝えたいものを表現するという世界がおもしろかったです。審査員のコラムニストの天野祐吉さんが「たくさんのものを入れようとすると難しい。」とおっしゃっていました。僕たちが授業を作るときも同じです。あれもこれもって、ごちゃごちゃしてたらよくわかりません。この授業で子どもたちに何を伝えたいのか、何を学ばせたいのか、何を鍛えたいのか。それがはっきりしていないといけないんだと思います。伝えたいことはシンプルなのだけと印象に残るもの。CM作りも授業作りも基本は同じです。

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2008年1月19日 (土)

ドンペリ

 埼玉県で16歳の少年がクラブで、ドンペリなどを飲んで豪遊して、約37万円分を無銭飲食したとして、詐欺の現行犯で逮捕されていたらしいです。この子は1人で来店し、ホステス5人も指名したらしいです。で、1本10万円もするドンペリを2本も注文したそうです。

 この子の顔がどんな顔か知りませんが、16歳でしょ。それなりに未成年っぽいオーラが出ていたんじゃないのかなぁ。その子が1人で、しかも高級なものをたくさん頼んでいた時点で、おかしいのではないかと推測できなかったのかなぁ。

 以前一緒に回っていた補導員のおじさんが話していたけれど、最近は店によっては万引きがあったとき、家に連絡がつけば学校には届けないらしいです。なぜなら売り上げに響くからです。子どもがライターを買ったりしても普通に売る店もあります。まあ、稀な店と信じたいですが。子どもの健全育成と売り上げ、どっちが大切かなんて明らかだろうに。

 それにしてもドンペリって何でそんなに高いんだろう。10万もあったら、僕が普段飲んでいる焼酎が1000杯くらい飲めるぞ。 

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2008年1月18日 (金)

千代大海

 今日も負けてしまいました。6連敗です。今場所どの大関も不甲斐ない中、とてつもなく不甲斐ない千代大海。あ~あ。

 先場所がんばりすぎたのがいけなかったのかなぁ。千代大海って、たいてい前半戦はものすごく調子が良くて、後半、上位陣と当たるとことごとく負けていくというパターンがお決まりでした。しかし、今場所は得意の前半戦で1つも勝てません。この調子なら、黒だらけの星取り表になってしまいます。

 黒だらけでも千代大海は土俵に上がってほしいな。大関というプライドや親方の立場もあるかもしれませんが、やはり、土俵に上がってなんぼの世界です。朝青龍だって、土俵に上がってこそ、横綱としての威厳がたもてるんだから。休場しないでね。

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2008年1月17日 (木)

1月17日

 阪神・淡路大震災から13年。まだ13年なのか、もう13年なのか。今の教え子にとってはもう生まれる前の出来事になってしまいました。13年。1番怖いのは風化することです。

 13年前の1月17日。テレビをつけた瞬間、戦争でも始まったかと思うような映像が飛び出してきました。建物は壊滅。高速道路がうねるように曲がり、至る所で火災が。大阪に住んでいる両親に電話をしてもいっこうに通じません。そのうち、死者の名前が次々とニュースで読み上げられだし。不安で胸がはち切れそうでした。

 夜中にようやく電話がつながり、母親はあっけらかんとした声で「すごかったよっ。」って。生きてた。よかった。しかし、この地震で6000人もの命が奪われました。

 日本は地震大国です。また起こる可能性は十分にあります。だからこそ、1月17日を風化させてはいけません。

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2008年1月16日 (水)

道徳の授業

 勤務校でもうすぐ計画訪問があります。そのときの授業の指導案を作っています。締め切り間近です。まずい、急いで作らないと。研修テーマが「道徳教育」だからか、どの先生も授業は道徳です。授業見る側は退屈じゃないのかなぁ。余計なお世話かな。

 ところで「道徳」という授業。その道の専門的な方が道徳の授業の型のようなことの話をされていました。道徳的価値を高める導入があって、それに関する資料を読んで、主人公の言動に共感しながら道徳的価値を高めていくといった型。というわけで、価値を高めるためにどういう資料を用意するかが最大のポイントになると思います。しかし、道徳の本には心が葛藤するような資料があまり載っていません。ほとんど美談です。変に授業をしてごちゃ混ぜにするよりかは「いいお話ですね。」で終わった方がすっきりする気もします。もちろん、その道の方なら、こういう資料も上手に子どもたちの心を葛藤させて道徳的価値を高めるのかもしれませんが。

 それにしても、道徳の資料って何でお話が多いのだろう。授業の時間は45分しかないのに。たいてい初めて出会うお話だから、しっかり読まないと内容がつかめません。登場人物がわかり、だいたいの内容がつかめた頃には授業の1/3は終わっています。それでも全員が内容を把握したわけではなく、わかっていない子も何人かいます。低学年は特にです。そんな状態で授業をするから、ものすごく中途半端になります。何か、もっとシンプルでいいのじゃないかなぁ。

 例えば心が葛藤する1枚の写真を見せるとか、1つの手紙を読むとか。すぐに真に迫る資料の方が先生が伝えたいこともリアルに伝わるような気がします。ってみんな感じていると思うのですが、学校にはわざわざ保護者から高いお金を出してもらった個人持ちの「道徳の本」があります。わざわざお金を出してもらって買ったものだから使わないわけにはいきません。ん~どうなんだろう。

 世の中は道徳の本のような美談ばかりではありません。これから彼らが生きていく社会はかなりの荒波の中です。その中で生きていくために身につけさせなければならないことがたくさんあります。机上の空論ではなく、身になる授業を道徳でやりたいですね。

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2008年1月15日 (火)

ブラジャーが透けるほど

 広末涼子さんが出演する「からだ巡り茶」のCM。さわやかな感じでとても良いCMだと思っていたのですが、一部の消費者から苦情が。今年の放送分から内容を変更。「ブラジャーが透けるほど…」のセリフが、「こんなに汗をかいた最後っていつだろう」というセリフに差し替えられてしまいました。なぜかというと一部のお客様が、『ブラジャー』とういう具体的な名詞について『不快だ』と指摘されたことを受け、その声を反映して、より多くの方に受け入れられるように改良したそうです。

 まあ不快と思う人もいるのでしょう。僕は全く不快ではないですが。ただ、CMという視聴者側に全く選択権がなく、勝手に流れるものなので万人受けするものが求められるのでしょう。でも、「ブラジャーが透けるほど。」って商品紹介としては結構インパクトのある良い表現だと思うけどなぁ。

 ちょっと変わったことすれば、どんなことでも誰かは文句を言います。その文句に従うと、当たり障りのないものになってしまいます。それってつまらなくないですか。15秒で勝負しているCM。視聴者も消費者もかなり厳しい目で見ていますが、厳しい目さえをも納得させるインパクトのある表現を考えないといけないのでしょうね。大変な世界です。

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2008年1月14日 (月)

朝青龍が負けちゃった

 2日目にして、早くも黒星。まあ、今日は稀勢の里があまりにも強すぎました。とはいえ、横綱だからそんなことは言ってられないのでしょうが。

 これで1勝1敗です。明日は時天空戦です。ん?時天空?これまたモンゴル出身力士じゃないの。モンゴルだらけです、相撲界は。

 負けた瞬間に飛んだものすごい量の座布団。この光景を朝青龍がしっかりと胸に刻み込められればいいけれど。朝青龍が休んでいる間に、他の力士が練習を積み重ね、力をつけていきました。どこまで横綱との差を縮められたかを、他の力士は稀勢の里のように姿で示さないと。でないと、朝青龍は目を覚まさないような気がします。

 土俵の外で首をかしげた姿、しかし、それが現実であることを受け止めましょう、横綱。

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さだまさし

Photo_2  何となくさだまさしさんが紅白で歌っていた『Birthday』という歌が聴きたくなって、レンタルCD屋へ。わざわざ紅白コーナーが設けてあって、探しやすかったです。

 ベスト盤の歌詞を見ていると、さすがと思われる表現ばかり。詞だけで心がグッときます。

心からどうもありがとう 忘れずにいてくれてありがとう

季節の花を少し送ります。あなたのあの笑顔を

飾るには足りないけど せめて私の心を添えて

かっこよすぎです。

 この人がかっこいいなと思ったのは、このベスト盤の歌詞集の後書き。

「ベスト・アルバム」というのは厳密に言えば、「嘘」である。仮にもういなくなってしまった歌手や作曲家の良い仕事を集めた、と言うならば成立するけれども、未だに現役で作り続けている人間にとって実は「ベスト」はネクスト・ワン、つまり次のものにとっておきたいものなのである。

決して妙なプライドだけで申し上げるのではないが、ぼくはオリジナル・アルバムを1枚作るたびに毎度毎度「これがベスト・アルバムだ」と思いながら作ってきたつもりだ。その中からさらにベストを編むなんて「ちーとも俺とはかんけーねーこと」と決めることにした。

だがね、まだ言い張るぞ・本当のベスト・アルバムは、次のオリジナル・アルバムだ!永遠に、そう、生きる限り「次こそがすべて」なのだ!とね。

 一球入魂、気合いの入った人です。いつも最高を追い求め、さらに次のより最高を求める姿勢、学ばないといけません。何となく惰性で生きているような気がする昨今ですから。  

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2008年1月13日 (日)

朝青龍が勝っちゃった

 朝青龍が久々に土俵に。相手は琴奨菊。巻きかえてもろ差しになりかかったときは「おおっ。」と思ったけれど、やっぱり横綱は強いです。あっさり上手投げ。朝青龍、休み明けをもろともせず勝利。やっぱり強いです。

 でも朝青龍が勝って良かったのだろうか。朝青龍がこのまま勝ち続けて優勝してしまうと、内館牧子さんの立場は?というか、朝青龍騒動自体、いったい何だったのかということになります。

 横綱の品格を問われて、出場停止になった昨年。「強ければ、何でもあり」なのかも問われました。『ヒーロー』というのは、いつの時代でも「強くて優しい」存在であってほしいです。仮面ライダーもウルトラマンもそうでした。朝青龍も横綱という『ヒーロー』であるためには、だれからも「強くて優しい」と思われる存在でないと。「ヒール」ではダメです。だからこそ、あっさり今場所優勝なんてしようものなら、今まで築きあげてきたヒーロー神話が崩れます。

 今場所はこてんぱんに負けてしまった方がいいです。そして2場所出場停止の重みを肌で感じたほうがいいです。そして、そこからはい上がることで、真のヒーローになってほしいと思います。そのためにも、他の力士がんばって。でないと、相撲界からヒーローが消えてしまいそうな気がします。

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2008年1月12日 (土)

番組への投稿

 毎週土曜日に放送されるローカル情報番組にメールで投稿しています。そのメールが番組内で読まれれば、クオカードがもらえます。さらに運が良ければ、1泊2日のホテル券をゲットできます。僕も1度だけ、ホテル券をゲットしたことがあります。今日、投稿したものが読まれました。ホテル券ほどではなかったようでしたが、クオカードをゲットしました。これで4度目です。

 昨年までは番組の最後に、来週の投稿テーマを発表していました。だから1週間かけて、何を投稿するか考えていたのですが、今年から土曜日になって番組が始まってからテーマが発表されることになりました。これは衝撃的です。すぐに内容を考えなくてはいけません。詩のボクシングでいう即興詩のようなものです。今日は『私○○はプロ級です。』というテーマ。あまりパッとしたものが思いつかず、「車庫入れの下手さはプロ級」というテーマで投稿しました。まあ、読まれたのでよしとしよう。

 即興なので、他の投稿する方々と条件は一緒です。負けていられません。来週の土曜日も、パソコンのメール画面を開けたまま、待ちかまえています。こういうのって、たまらなくおもしろいです。 

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2008年1月11日 (金)

雑巾

 家庭科で雑巾を作りました。よく学期はじめに「持参物、雑巾2枚」っていうのがありますが、その雑巾を作りました。作り方を示してから、あとは各班のリーダーにお任せ。僕は、修復不可能(?)なミシンを直すだけ。みんなそれなりに雑巾を仕上げていました。

 雑巾はホームセンターに行けば10枚入り300円で売っています。1枚30円です。古タオルと糸代、手間代を考えれば、雑巾づくりのほうが今の消費社会では明らかに無駄なのかもしれません。しかし、この『手間』が、お金には換えられない価値を含んでいると思います。

 雑巾を縫うこと自体は簡単なことです。最近のミシンはかなり高性能だから、ボタン1つで何でもこなします。しかし、小学生にとって最大の難関は、縫うに至るまでの準備なのです。ミシンを準備室から出してきて、上糸をかけたり、下糸の準備をしたり、針の穴に糸を通したり・・・。雑巾を縫うより時間を要します。でも、この準備時間にもいろいろなドラマがあります。先にできた人が手伝ったり、上糸のかけ方を思い出しながら必死にミシンと格闘している姿、これは価値があります。もちろん、作る工程でも同じです。買えば30円ですむことですが、1枚の雑巾づくりには個人の努力や友達との協力といった結晶がつまっています。

 作ったあとの感想には「雑巾を作るのも結構楽しい。」とか「お母さんがこんなに大変なものを作っていたんだ。」といったことが書かれていました。30円で買ってしまえば、こんなことにすら気づかなかったのです。僕たちは『消費』中心の社会にいます。たまには『生産』の側に立って見ることも必要です。知らないこと、知るべきことがあふれていますから。

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2008年1月10日 (木)

1億台

 携帯電話の契約台数が1億台を超えたそうです。もう1人に1台の時代です。老若男女、誰もが持っていますからねぇ。警察庁の調査によると小学生の3割が、中学生の7割が持っているそうです。すごい時代です。

 僕が携帯電話を持ち始めたのは4年前です。結構最近です。電話が苦手だったし、必要性を感じていなかったので持っていなかったのですが、今の職場は家と離れているから仕方なしに(?)持ちました。だから、電話する相手もほとんど家のみです。トランシーバーがあればそれで十分に役立ちそうなくらいです。契約システムも最も安いプランですが、いつも余っています。僕の場合、ほとんど携帯が機能していないような気がします。でも、お年寄りや山で遭難した人が持っていたおかげで助かったという話を聞くと携帯様々ですね。

 ここ数年で携帯電話のシステムが爆発的に変化しました。カメラにもテレビにも財布にも変化します。携帯電話が生活のほとんどをカバーしてくれます。たぶん、これからも加速度を上げて進化していくのでしょう。便利なものは使えばいいと思います。ただ、便利さに自分が使われるようになっちゃいけないですね。便利さには表と裏があります。表は光り輝いていますが、裏の存在をきちんと見極めないといけませんね。だからこそ、子どもに携帯電話を与えるときは慎重であるべきだと思います。  

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2008年1月 9日 (水)

教育の答え

 東京都杉並区の和田中学校。民間出身の校長先生がメディアにも多く登場していて有名な学校です。この学校で進学塾の講師を学校へ招いて夜間授業をする計画を立てていたのですが、都の委員会がストップをかけました。理由は生徒全員が出られないとか、特定業者に教室を提供するのは如何なものかとからしいですが。

 この方法が良いか悪いか別として、『例年通り』を変えていかない限り、前には進めないような気がします。もちろん、『例年通り』という伝統は大切です。でも、時代とともに必要なものも変わってきます。過去の枠が必ずしも現在の枠に当てはまるとは限りません。だからこそ、時には大胆な計画も必要なのだと思います。

 学力低下、教員の質、モンスターペアレンツ・・・教育が揺れ動いています。いろいろなところで方策が議論されています。たいてい好き勝手なことを皆さん言っていますが、それはそれで結構なことです。それだけ教育に目がいっているってことですから。でも、教育の答えってすぐに出るものではありません。

 ある先輩の先生が保護者に対してこう言っていました。「僕らの今やっていることの答えは、10年たってからわかるんですよ。」って。10年後、彼らが大人になったとき、本当の『生きる力』をつけさせるためにも、『例年通り』にあぐらをかいていてはいけないような気がします。本当にすべきことと別にどうでもいいことをきちんと見極めていきましょう。10年後の彼らのために。

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2008年1月 8日 (火)

命の重み

 2006年、福岡県で起きた飲酒運転の車における追突事故で3人の幼い命が失われた事件の判決が今日、福岡地裁で行われました。25年の求刑に対して裁判所は下したのは『7年6ヶ月』という短さ。有識者の中には妥当という声が上がっています。しかし、3人の命の重みが『7年6ヶ月』と考えると酷な話です。

 7年6ヶ月と25年の違いはこの事件が業務上過失致死傷罪なのか危険運転致死傷罪なのかの1点です。酒飲んで車に乗って運転していること自体、危険極まりないと思うのですが、このあたりの法律の基準はかなり曖昧です。結局、この加害者側が「故意」で行ったか否かです。でも、故意かどうかといった心の内面なんて、わからないですよ。加害者は絶対に故意じゃないって言うに決まっているし。「酒を飲んでいる」という時点で、危険運転と判断しても良いのではないでしょうか。実際に幼い3人の命が失われてるんだから。

 7年6ヶ月たてば、加害者は普通に社会で生活できます。しかし、3人の命はもう戻ってきません。日本の法律は加害者に甘く、被害者に厳しいです。もちろん、刑を重くしたところで失ったものは帰ってはきませんが、裁判は最大限被害者の立場で考えましょうよ。

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2008年1月 7日 (月)

簡易郵便局

 家の近くにある1番近い郵便局が簡易郵便局です。簡易と名が付くので、ビックリするほど簡易です。イメージ、玄関先で郵便事業をしているといった感じです。良い意味でフレンドリーです。たまたまでしょうが、そこのおばちゃんが玄関先が似合いそうな(?)方です。学生時代のアルバイト先のおばちゃんに似ています。

 切手を買いに、その郵便局に行きました。120円切手を20枚買うと、店のおばちゃんは電卓とかも使わずに「え~っと、4800円かな。」とか言うので、「そんなに高くないでしょ。」って思わずつっこんでしまいました。「あらら、勝手に240円と思って計算しちゃった。」なぁんて店のおばちゃんは似合わないかわいい声をだしていました。フレンドリーなついでに、郵便についていくつか聞きたいことがあったので、聞いてみました。そうすると、「最近は厳しくなったからねぇ。」と厳しさをアピールしてました。まあ、厳しいのでしょう。思いっきり井戸端会議です。

 郵政民営化になってから3ヶ月たちました。そのうち国鉄がJRに変わったようになっていくのかなぁ。サービスが向上するなら何の問題もないのでしょうが。でも、おばちゃんの「厳しくなったからねぇ。」が、なんだか引っかかりますが。サービス向上ばかりに目を向けると、こんな小さな簡易郵便局がなくなってしまいそうな気もします。

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2008年1月 6日 (日)

宿題

 娘の冬休みの宿題の○つけをしました。所詮1年生の宿題なので、5+8=といった程度です。○つけもバババッと出来るのですが、パラッと1枚めくって手が止まってしまいました。それは3つの計算になったときです。5+3+4=といった類です。たしざんばかりではなく、ひきざんが混合している問題もあります。何か、脳トレをしているような気分になりました。

 それにしても○ツケというのも結構大変です。僕ら教師は、案外平気に「○ツケは保護者の方でお願いします。」なんて言ってしまいますが。ははは。しかし、発見することも多いです。娘がたいていどんな問題で躓いているのかとか、どういう字はていねいに書けて、どういう字はていねいに書けないとか。宿題の○ツケでもしない限り、気づかないことかもしれません。まあ、それでしか気づけないというのも保護者としては恥ずかしいことかもしれませんが。

 そういえば僕は宿題で算数を出さなくなりました。もう10年くらい出していません。それは10年前にある子に「算数の宿題を出さないでください。」と言われたことがきっかけでした。その子はものすごく真面目に取り組む子でした。でも、算数がそんなに得意ではありませんでした。しかし、難しい問題に出会っても、一生懸命解こうとします。だから、計算ドリル1ページの問題でも、できる子は5分もかからないものを1時間も2時間もかけてがんばることがあったそうです。情けないことに、僕はそれを聞くまでそんなことにすら気づいていなかったのです。気づきもせずに、ボンボンと苦痛な宿題を出していました。本当に、情けない。

 宿題をなぜするのでしょうか。それは家で勉強をする癖をつけるためだけのものです。別になくてもそう問題のないことです。宿題で学力をつけようなんて思っちゃいけません。学力は教室で、そして授業でつけるものです。もちろん家庭の力も必要ですが、僕らの仕事は教室で、授業で学力をつけることです。授業で学力もついていないのに、家で宿題でやってきなさいなんて子どもにとっちゃ拷問だし、単なる教師の責任放棄です。

 でも僕たちは結構、責任放棄的なことをよくしているような気がします。授業が下手なのに、授業がうまくいかなかったら子どものせいにしたりします。反省、反省。

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2008年1月 5日 (土)

だれか、ふつうを教えてくれ

 今日も本屋さんへ。本屋さんは楽しいです。でも、本屋へ行くとトイレに行きたくなるのはなぜだろう?まあ、どうでもいいことですが。子どもと行くので、とりあえず児童書コーナーへ。児童書のコーナーも幼児用とか低学年向きとか高学年向きとかに分かれているので、本が探しやすくて良いです。今日は高学年コーナーにあった本から『だれか、ふつうを教えてくれ』。

Photo  この本は作者の倉本智明さんが自分の実体験を織り交ぜながら、障害とは何か、普通とは何かをわかりやすく説明してくれるものです。高学年コーナーに置かれていたので、小学生でも理解しやすい話です。しかし、話の内容は大人が知らなければいけないことばかりです。

 倉本さんは目に不自由があります。子どものころ、みんなで野球をするときは、倉本さんも参加できるようなルールを周りの友達が自然と作ってくれたそうです。この部分だけで「あっ、五体不満足と同じだ。」と思ってしまうのですが、ここからが倉本さんらしいです。倉本さんは、この状態に充実感を感じなかったそうです。友達が良かれと思ってやってくれていることです。それ自体はわかっているし、本人もうれしいのですが、違和感を覚えるようです。

 野球をするなら、エラーして悔しがったり、タイムリーヒットを打ってガッツポーズをしたりがあるものなのですが、彼にはそれができないのです。その中に参加しているだけの存在なのです。エラーすら出来ないポジションにいるし、最初っからバンドの構えしかできないので、タイムリーヒットなんて打てないのです。 

 総合的な学習でよく「福祉」を取り上げます。そこで『障害』を取り上げたりもします。勤務校でも取り上げています。実際に障害のある人とふれあうよくある学習をしています。そこで僕たちは「相手の立場に立って。」なんて平気で言ってしまいますが、考えてみればおかしな言葉です。別に障害があるなしに関わらず、相手の立場には立たないといけないのです。障害を持っている人に限ったことではないのです。

 しかし、障害があることでその人が不便に感じることがあることも事実です。その不便さに目を向けないといけません。その不便さを解消することが本当のバリアフリーだし、不便さを感じなくなってはじめて、『共生』という言葉が使えるのではないかと思います。そういう意味での「相手の立場に立って。」という発言をしなくちゃいけませんね。

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2008年1月 4日 (金)

校長先生のブログ

 前任校の校長先生からメールが来ました。ブログを読んでくれたとのこと。素直にうれしいです。もともと僕がブログを書く最大のきっかけになったのは、この校長先生のブログに出会ったからです。

 前任校を離任するとき、僕が遠くへ引っ越しをしなければいけない事情を加味して、わざわざ離任式を1日繰り上げてくれました。他の学校は31日にしているのに、僕のためだけに30日に行ってくれました。これって、結構重大なことなのでしょうが、校長先生のもとでは別に稀なことではなくよくあることで、こういう型破りな(?)ことを普通に実践してくれる方です。

 「いいよ、そんなの、どうだって。」っていう校長先生のセリフがとても好きでした。器の大きい方です。今は海の近くの学校で勤務されています。この学校のホームページがまたすごい。絶対真似できません。

 校長先生のブログを見ると元気が出ます。

 

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箱根駅伝(その2)

 昨日の箱根駅伝に関するマスメディアの報道は駒大優勝とともに「3校の棄権」がクローズアップされていました。その中で気になるコメントが。それは大会会長のコメント。

 「情けない。すべての駅伝の教科書のようになっている大会。大学で指導、勉強してほしい。(指導者は)選手を見詰め鍛えてほしい。速い選手はいるが強い選手はいなくなった。」

 あんなに一生懸命走っているのに、「情けない」で片づけていいのでしょうか。しかも、大会会長が。選手たちは僕らが想像する以上の練習を積み重ねてきたはずです。速くもあり、そして強くもある選手たちだと思います。それが、たまたま大会本番で、脱水状態になっただけの話だと思います。脱水状態になったり、途中で棄権することはマラソンや長距離を走る競技ではよくあること。プロの世界でもよくあることです。ただ、駅伝は個人スポーツではありません。個人の力が尋常でないほど必要とされる割に、団体スポーツのために1つのたすきをつないでいかねばならないので、多少のことでは棄権できない特殊な競技です。

 その競技会の長が「情けない」という駅伝。これ以上、選手の何を鍛えればいいのでしょう。メンタル面ですか?選手たちはこれだけメディアにさらされているだけで、十二分にメンタル面は鍛えられていますよ。情けないのは選手や監督、コーチではなく、運営側にもあるとなぜ考えられないのでしょうか?これだけスポーツ科学は発達している今時、15キロまで給水なしとか、給水もスポーツドリンクではなく水だけなんてありえないですよ。

 しかし、僕たちはいつも誰かのせいにして、自分を正当化しています。選手たちの注目を集めさせるのはメディアですが、メディアを煽っている一因は視聴者である僕たちにもあります。運営側、選手、監督コーチ、そして応援する視聴者すべてが今回の件について自分を振り返りましょう。そして、来年の箱根駅伝を今年以上のものにしていきましょう。3校の棄権をただの出来事で終わらさないためにも。

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2008年1月 3日 (木)

箱根駅伝

 箱根駅伝を見てました。結構毎年楽しみにしています。ぼーっと見るにはこの上なく良い番組です。元日は実業団のニューイヤー駅伝を見てました。それにしても駅伝って残酷なスポーツです。みんなでつないできた重みがあるから、それが勇気になる反面、それが重圧にもなります。

 今回、途中棄権をした学校が3校もありました。東海大学なんてゴールまであと少しっていうときに棄権しました。体調などさまざまな管理の面が問われるかもしれませんが、棄権した人を責めることは出来ません。駅伝は団体スポーツだから。団体スポーツはチーム全体で1つです。10人中9人が区間新記録でも、残りの1人がダメならダメなのです。残酷です。

 これが醍醐味という人もいるでしょう。確かにそうでしょう。でも第3者の僕から見れば、気の毒で仕方ありません。長距離走は短距離走と違って、直接命に関わるものです。学校でも、持久走大会の時は親に承諾書を取るくらいなのですから。実際に、亡くなった方もいます。みんなで1つのものを作り上げる美学と苦しみの重圧の積み重ねと紙一重だと思います。

 それにしてもゴールで待っていた東海大学の選手やコーチは何を思ったのだろう。来年のシード権がとれた安心感に浸ってたろうに。駅伝というスポーツが悪いとは思わないですが、たった1人のためにというのがあまりにも酷です。な~んか、後味の悪い大会でした。今回、3人の棄権チームが出たということ。これを1つの教訓にすべきではないでしょうか。

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2008年1月 2日 (水)

紅白の視聴率

 紅白の視聴率が第2部で過去のワースト2位だったらしいです。ここ最近、マスメディアは紅白の悪いところしかいわないから、マスメディア的には良い結果(?)なのかな。でも、30%以上視聴率があるということは、かなりの世帯で紅白が見られているんだから、やはりすごい番組です。

 まあこれだけ情報が溢れている時代です。すべての人が見たい番組なんてもう作れないのかもしれません。演歌が好きな人がいれば、そうでない人もいます。小林幸子さんの服に興味がある人もいれば、そうでない人もいます。それにチャンネルを変えれば、他にもそれなりにおもしろい番組が放送されています。さらにチャンネルの数もかなり多いし、BSとかもあるし、インターネットもあるし、選択手段が多すぎなのです。その中でも30%以上の視聴率をとれる紅白歌合戦って、本当はお化け番組なのかもしれません。

 紅白歌合戦に対して、いろいろと文句を言う人はいますが、たぶん、どんなに番組の構成を良くしたとしても文句を言う人は言います。というか、番組をこれ以上良くする方法なんてあるのかな。文句を言う人はK-1でも見とけばいいのに。僕なんて毎年ガチャガチャとチャンネル変えているから、番組に対して言いたくなる文句すら出てきません(逆に「何でそんなにガチャガチャ変えるの!」って家族から文句を言われますが・・・。)。

 番組を作ることが難しい時代です。視聴者が大事にされすぎています。視聴者のモラルというのも考えなくちゃいけないような気がします。

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2008年1月 1日 (火)

余命1ヶ月の花嫁

Photo 初めて本を読んで泣いた気がします。しかも号泣です。昨日、たまたま立ち寄った本屋さんで見つけた『余命1ヶ月の花嫁』という本。以前イブニングファイブというニュース番組でこのことが取り上げられていたのを少し見たことがありました。たまには本でも読んでみようと思って購入。少し読み始めたらもう止まらなくなりました。

 例えば身近な人が『がん』と宣告されたら。そして、余命が『週単位』で宣告されたら。僕はどういう行動をするのだろう。テレビのドラマやドキュメンタリーで告知するか否かといったシーンは目にするけれど、他人事として見ている自分がいます。それは自分自身がそういう経験をしたことがあるわけではないし、別の世界のことと線を引いている面があるせいかもしれません。しかし、この本は考えさせられました。命のこと、そして自分や家族、友達のことを。

 この本を読んで感じたこと。それは『絆』です。親子の絆、友達との絆、お医者さんとの絆、そして最愛なる恋人との絆。人間は1人で生きているわけではありません。あなたの優しさが自分のエネルギーになります。そして、それ以上に自分自身が誰かのためにエネルギーを発せられる存在であらないと。人からもらってばかりではダメですからね。

 2007年の最後にすばらしい本に出会えました。

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