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2008年1月23日 (水)

家庭科という教科

 友人の鯉太郎さんからメールが。執筆者になるそうです。テーマは「家庭科」。彼と僕は大学の時、家庭科の研究室にいました。彼は高校と中学校の家庭科の先生を経験し、現在は小学校の教壇に立っています。さまざまな校種を経験しているだけに彼の言葉は重たいです。

 僕たちはよく「なぜ家庭科なのですか?」と聞かれていました。これがもし、専門が国語や社会なら聞かれることはありません。なぜ聞かれるかというと、男が家庭科だからです。まあ、そういう固定概念っていうのはどうしてもありますがね。でも、家庭科でいう衣食住の世界をのぞいてみると、男だらけです。例えば、レストランに行けばたくさんのシェフがいますが、男の人ばっかりです。鯉太郎さんもフグを捌けます。ファッションの世界にも住居の世界にもたくさんの男の人がいます。それなのに、「家庭科」とひとまとめにすると、男の影が薄くなるのです。これは家庭科=家事のような感があるためで、今まで家事は女の仕事だなんて風潮を作ってきた社会にも問題があるのでしょうがね。

 そんな家庭科ですが、人によっては「なくても良い」と考えられている教科でもあります。小学校では6年間で5400時間学習しますが、家庭科の時間はたったの115時間です。1/50です。寂しい扱いです。ご飯の炊き方やミシンの使い方なんて家でもできるし、最近は機能が発達しているのでボタン1つで何でもできる時代です。家庭科という教科がなくなっても、表面的にはあまり問題がないのかもしれません。でも、家庭科という教科で本当に身につけたいのは、そういう技能面ではなく、『生き方』なのです。

 時代が急速に変化する中、流されることなく生活の主体者としてどうやって自分らしく生きていくか。それを家庭科という教科で学ぶのです。その中で、食を学んだり、衣服を学んだり、家族のあり方を考えたりするのです。まあ、教える側の私たちが忙しさや他の教科のしわ寄せのために家庭科をないがしろにしてしまっているのも事実です。だから、本来もっと伝えなければいけないところをあまり扱わず、ただエプロン作った、卵焼き作ったという形だけで終わらせてしまっているところもあります。言い訳にしかなりませんが。

 生活習慣病の子、夜遅くまで起きている子、親から愛されない子、そして親を愛さない子・・・。私たちの周りには『生き方』を伝えなければいけない子どもがたくさんいます。やはり、今という時代だからこそ家庭科という教科が必要ではないかという気がします。 

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