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2008年5月25日 (日)

「みんな」は難しい

 今日は朝から、地域の溝掃除。今回から地域の清掃活動に特別な理由なく参加しない場合はお金を払わないといけません。そういうシステムがいいのかどうかは分からないけれど、やる人はやるし、やらない人はやらないっていう状況になれば、当然やる人からすれば不満がつのります。これはPTAの活動も似ています。やらなくちゃいけないことをみんなでできる限り平等に負担できればいいのでしょうが、なかなか難しいのが現実です。学校によっては、完全に1人1作業で分担を振り分ける場合もあるようですが、人数の兼ね合いとかでまたまた問題が生じます。「みんなで」という意識を、ごく当たり前に「みんなが」持てばいいのでしょうが、なかなか「みんなが」そうはいかないものです。

 家庭事情もさまざまです。小さい子どもがいたり、介護していたりして、どうしても地域やPTAの行事に参加できない場合も考えられます。まあ、不満がつのる場合はそういうパターンではなく、出られるにも関わらず、出ないパターンなのでしょうが。それも家庭事情といってしまえばそれまでかもしれませんが。

 金子みすずさんの「みんなちがってみんないい」。みんな違います。お互いがその違いを認識する必要があります。お互いが、です。一方がお互いの違いを認識してしても、他方が自分の違いだけを主張していたら、「みんないい」ではなくなります。って、本当は「みんな」分かっているのでしょうがね。  

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