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2008年5月14日 (水)

よいこととわるいことってなに?

Photo  本屋さんでふと目に入った『こども哲学 よいこととわるいことってなに?』という本。おもしろいです。いろいろな角度から物事を考えています。例えば、「おなかがへっていたら、どろぼうしてもいいとおもう?」の問いに対して。こんなことはダメに決まっています。しかし、「そうだよね、でも・・・おなかがぺこぺこで死にそうだったとしても?」「それって、食べるものにこまってないひとのりくつじゃない?」と切り替えされます。こうして「そうだよね、でも・・・」と繰り返しながら、なぜ?なのかを考えていく本です。この、なぜ?って考えることが大事なのでしょうね。

 子どもたちに「廊下を走ってはいけません。」って何百回言っても走ります。おそらく廊下に超高級花瓶をいくつも置かない限り走るでしょう。まあ、花瓶置いても走るかもしれませんが。だから、なぜ走ってはいけないのかを問わないといけないのでしょうね。子どもたちは、おきまりのごとく「危ないから。」って答えるでしょう。じゃあ、「なぜ危ないのか?」「危なくなければ走ってもいいのか?」と問わないといけないのでしょうね。決まりきったレールを大人が作るのは簡単です。もちろんそのレールには理由があります。しかし、子どもたちに浸透しているのは、レールの本質的な中身の理由ではなく、「廊下を走ったらダメらしい。」という表面的なものだけです。

 ケガをして保健室に行くとき、子どもたちはたいていきちんと「失礼します。」と言って部屋に入るようです。そして、処置してもらった後、部屋を出るときには「失礼しました。」と、きちんと言うようです。がしかし、最も大事な部分が欠けているそうです。処置してもらっての感謝の気持ち「ありがとうございます。」がないのです。「失礼します。」「失礼しました。」というのはマニュアル的に子どもたちの中に浸透しています。まあ、「廊下を走ってはいけません。」「どろぼうしてはいけません。」のようなものです。しかし、1番大事な部分が忘れ去られているのです。これってなぜなのだろう?

 なぜ?を考えましょう。表面だけ、マニュアル通りでは身になりません。その場限りです。もちろん時と場合によって答えは違います。だからこそ、その時々のなぜ?を考えることが大切なのでしょうね。大人が作るレールはあくまでも手本です。そのレールを参考に、これからは子ども自身が自分のレールを作り上げないといけませんからね。手本のレールが薄っぺらなものにならないようにしないと。

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コメント

 ならぬことはならぬもの・・・素敵な言葉です。これが通じる関係を親と子、教師と子どもが築かないといけませんね。

投稿: パパ | 2008年5月15日 (木) 20時57分

「なぜ?」は大事と思います。それを真摯に受けとめる!しかし、……究極的には屁理屈に終わってしまうことも多いです。 
 藤原正彦氏のベストセラー「国家の品格」(新潮新書)でも紹介され有名になった「什の掟(じゅうのおきて)」(ならぬことはならぬものです)のとらえ方も大切と思います。
“父(新田次郎)は、「弱い者を救う時には力を用いても良い」とはっきり言いました。ただし五つの禁じ手がある。
 一つ、大きい者が小さい者をぶん殴っちゃいかん。
 二つ、大勢で一人をやっつけちゃいかん。
 三つ、男が女をぶん殴っちゃいかん。
 四つ、武器を手にしてはいかん。
 五つ、相手が泣いたり謝ったりしたら、すぐやめなくてはいかん。
「この五つは絶対に守れ」と言いました。
 しかも、父の教えが非常に良かったと思うのは、「それには何の理由もない」と認めていたことです。「卑怯だから」でおしまいです。”
 そういえば、友人のSさんが教室の後ろに掲示していると言っていたのを思い出した。
 ならぬことはならぬものです。天下の宝刀ですが。

投稿: tssune3 | 2008年5月15日 (木) 08時53分

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