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2008年7月14日 (月)

水泳記録会を考える

 水泳記録会の練習が始まりました。この時期、毎年思います、「本当にこれは必要なのだろうか。」って。記録会という名のわりに、完全に競技会になっています。どこの学校でも同じです。前任校にいたころ、地域の記録会の講評で、どこかの校長が「今年は新記録が誕生しなくて残念でした。」ってビックリすることを言っていました。記録会なんだから自己記録との闘いでしょ。人の記録と競ってどうするの?

 だから僕はクラスの子全員を参加させます。25m泳げなくても参加させます。だって、記録会だもん。もちろん、泳げない子を記録会の日までに泳がせるようにするのが大前提ではありますが。まあ、今年は高学年を持っていないので、担任している子には関係ないのですが。

 水泳記録会で上位の記録を占めるのはたいていスイミングに通っている子たちです。水泳記録会はスイミングの発表会のような要素もあります。学校は関係ないじゃんって感じです。唯一、メリットといえば他校との交流が可能ということです。とはいえ、一緒に同じ空間にいるというだけでほとんど交流はないですが。

 僕たちが本来力を注ぐべきことは、泳げる子のための発表会ではなく、泳げない子をいかに泳がせるかです。だから時間割外に水泳記録会の練習をするならば、時間割外に泳げない子のための練習もするべきなのでしょうね。

 言い方は悪いですが、泳げる子はほたっといても泳げます。泳げない子は手をさしのべないと無理です。だって、哺乳動物の中で生まれながらにして泳ぐことができない動物は人間だけなのですから。

 といって、今年の記録会は行われます。来年も再来年も行われるでしょう。もちろん、これを楽しみにしている子たちがたくさんいることもわかっています。でも・・・。泳げない子を泳げないままにしておくのは罪なことです。

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