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2008年12月18日 (木)

問われる大人の覚悟

 教育再生懇談会は、子どもの携帯電話利用に関する提言の素案をまとめました。「小中学生が携帯電話を持たないよう保護者や学校が協力する。」とし、通話機能に限った携帯電話の促進や、小中学校への原則持ち込み禁止を促すようです。そもそもなぜそのような案を出したかというと、携帯電話が「子どもの生活習慣を乱れさせ、対人関係の希薄化を招いている。」からだそうです。

 MyVoiceのアンケートによると「子どもが初めて携帯電話を所有したきっかけ。」は「防犯のため。」「子どもの行動を把握するため。」が圧倒的です。しかし、その携帯が防犯どころかいじめの温床になり、出会い系サイトの入り口になっているのです。全然子どもの行動が把握できていないのです。それでも小学生の3割、中学生の6割に携帯を与えてしまっているのです。

 でも、子どもに携帯を与えるということはそういうことなのです。携帯には防犯や行動が把握できるといった光の面だけではなく、影の面があるのです。子どもが携帯を持ったら、当然、影の面にも触れるのです。携帯電話が作り出す相手の顔が見えない妙な安心感。それにボタン1つで物事が進む手軽さ。これらが影の面の中まで誘惑してしまうのです。そういう魅惑の機械なのです。そうしたリスクがあることを知った覚悟の上で携帯電話を与えている親がどれくらいいるのでしょうか。

 おそらくこの素案が通ることになるでしょう。さあ、携帯電話の甘い汁に溺れた子どもたちから魅惑の機械を奪い取ることができるでしょうか。面と向かってのコミュニケーションよりも画面の文字でのコミュニケーションに慣れてしまっている子どもたちです。子どもから便利さを奪い取るわけですから、大人は相当な覚悟でいないといけませんよ。1から子どもたちに携帯なしのコミュニケーションの取り方をたたき込まないといけませんよ。

 でも、やっぱり、これって寂しい案だと思います。せっかくの便利な道具なのに。使い方をきちんと大人が教えられないから、子どもに使っちゃダメなんて。単なる大人のエゴじゃないのかなぁ。この「臭いものに蓋」的な発想は本当に良いのでしょうか。あまり携帯電話を使わない僕でさえそう思います。

 蓋をしめる大人はその場しのぎで終わらせては絶対にいけません。蓋をしめるからには、携帯を失った子どもと面と向かう覚悟がいりますからね。結局、大人の覚悟が問われれているのだと思います。

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