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2009年3月

2009年3月31日 (火)

離任式

 平成20年度最後の日。朝、車の中でラジオを聞いていると、「去年の今頃、あなたは何をしていましたか?」って。去年の今頃も、同じように離任式でした。同じように放送担当でした。

 式が終わって、ある保護者から、「先生、そろそろかなって思ってたんですが。」と言われたので、「あともう1年ですかね。」と。そういえば3学期の終わり頃、子どももやたらと「先生は来年、他の学校へ行くんですか?」と聞いてきました。他の学校へ行きそうなオーラでも出ていたのでしょうか。

 教職13年目、勤務校での5年目が終わりました。明日14年目が始まります。

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2009年3月30日 (月)

命の教育

 愛知県の中学1年生11人のこと。「先生を流産させる会」を結成し、妊娠していた30代の担任教諭の給食に異物を混ぜたり、いすのねじを緩めたりする悪質ないたずらをしていたようですが。これはいたずらなんていうかわいいものではありません。殺人未遂です。事件です。

 生徒らは席替えの決め方などに不満を持ち、教諭を困らせるために会を結成したようです。学校側も市教委側も『命の教育を徹底したい。』と言っていますが、『命の教育』って、どのようなことを指すのだろう。そもそも普通、目の前に妊婦がいたら気を配ります。電車では席を譲ります。荷物を持っていたら、代わりに持ちます。こんなことは教えられないとできないことではなく、普通のことです。なのに・・・。普通であって欲しいのに・・・。

 この子たちのいたずらのせいで、おなかの中の新たな命や母体に何らかの影響があったら、どうするつもりだったのだろう。ねじをゆるめていた椅子から落ちたら、異物を入れた給食を食べて吐いたら、どうするつもりだったのだろう。

 「命は1つしかない。」なんて、みんな知っていることです。しかし、テレビを見れば、平気で「死ね」という芸能人がいます。メールで平気で誹謗中傷を書き込む人がいます。コミュニケーション力や表現力のなさ、個の弱さなど、環境や個の資質といったさまざまなことが複合的に絡み合って、問題を拗らせているように思います。ただ、断片的に「命は1つしかありません。」では伝わらないのかもしれません。あらゆる角度から「人として生きていく上で必要な要素」を身につけさせていかないと。今の子どもたちが生きている環境は、生やさしいものではありません。大人が本気にならないと。でないと、悲しいけれど『命の重み』がわからないのかもしれません。

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2009年3月29日 (日)

2勝13敗

 白鵬が全勝で優勝をした春場所。荒れる春場所とよく言われるけれど、全く荒れもしませんでした。白鵬が強いのか、他の力士が強くないのか。

 今場所ある意味盛り上げたのは千代大海です。たいてい前半戦は勝ち続け、「おっ、今回は優勝争いをするかな。」と期待がかかる中盤頃から負け続け、結局8勝7敗のパターンが多い千代大海。しかし、今回は最初っから、負け続け。中盤も負け続け、ずっと負けばっかり。今日も負けて、2勝13敗。皆勤大関で2勝しかできなかったのは初らしいです。かなり不名誉な記録ですが、千代大海らしいっちゃらしい記録です。

 解説の毒舌北の富士さんが、「まあ、お疲れさんですね。」と言ったのがおもしろかったです。大関というプライドよりも皆勤を優先した千代大海。来場所はお似合いのカド番ですが、8番勝てばよいのです。来場所は脇腹の痛々しいテーピングも外れるでしょう。

 がんばれ!千代大海!

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2009年3月28日 (土)

南陽工 VS PL学園

 1年ぶりに両親が我が家にやってきました。相変わらずのマイペース。我が両親だからしょうがないか。

 その両親と南陽工とPLの試合をテレビで見てました。9回までノーヒットノーラン。PLが1点でも取っていれば、ダルビッシュ投手以来の快挙達成なのに。PLは毎回のようにランナーは出すのに、得点できず。こういうときは、たいていドラマのようなシナリオができています。こんな状況にもかかわらず、延長10回、ノーヒットだった南陽工が4本のヒットで2点を取ってしまい、後攻のPLの反撃を1点で抑え、勝ってしまいました。PLの投手はノーヒットノーランの栄光から一転、敗戦投手です。

 PLの投手は、なぜ味方は点を取ってくれないのかという怒りもうまれるでしょう。普通ならば、次の日の新聞には間違いなくデカデカと「ノーヒットノーラン達成」と載るし、ドラフト候補にも挙がる結果でしょう。でも、その怒りを表だって出せないのも個人としての野球ではなくチームとしての野球の持ちと味です。だからこそ、こんな状況でも勝ってしまった南陽工がすごいなぁと思います。ピンチでも点さえ与えなければそれで良し。何だか、生き方に通じるものもあります。

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注文

 毎年やってくる文科省の教育情報化に関する調査。この調査自体は6月に行われるのですが、2ヶ月前の年度末の猛烈に忙しい時期になぜか僕の机の上に置いてありました。なぜなら、調査した内容を事前に市教委がチェックした上で、文科省に送付するためです。今年は、最初っから、市教委の方で○をつけている項目がありました。まあ、市のネットワークシステムだから、各学校で違いがあっては困りますからね。

 別に調査自体はよいのですが、毎年、市教委の方から注文があります。今年もありました。校務用のパソコンの数は「0」にして下さいって。えっ?教員1人に1台ずつ配られているのに。そして、校務用のパソコンの数は教育用、つまり児童生徒用の台数としてカウントして下さいって。これは不思議です。市としては児童生徒約5人あたりに1台のパソコン普及を目指して・・・といったよくわからない能書きがありましたが、不思議です。なら、子どもに、今、先生方に配布されているパソコンをさわらせても良いのかとなれば絶対にダメなわけです。

 まあ、どうでも良いことです。別に子どもに何らかの影響があるわけでもないし、市教委は市教委なりに何らかの考えがあってのことでしょう。素直に書かれている指示通り従えば良いのです。でも、あまりにもこの項目がおもしろかったので、教頭先生にこの項目のことを伝えて、「何だか、大人って信じられませんね。」と言うと、教頭先生は失笑してました。教頭先生は僕の言いたいことがわかってくれる素敵な方です。

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2009年3月26日 (木)

皆勤賞

 平成20年度も最後です。通知票を1人1人に配った後、僕は「通知票で1番大切な数字は『0』です。」と言いました。欠席が『0』のことです。こんなに価値があることはありません。通知票のすべての項目が良くできるに○がついているよりも価値があります。この『0』が1年通しての「皆勤」が、クラスに11人もいました。クラスの人数が28人なので、1/3以上です。猛烈にインフルエンザが流行った年にもかかわらず、素晴らしいことです。

 「皆勤」は本人の努力も必要ですが、家族の協力がなければ難しいです。家族の誰かが風邪をひいたら、移る可能性が出るからです。もちろん、病気になってしまうことは仕方にないことだし、熱が38度もあるのに、学校に来られてもビックリします。どんなに健康に気を配っていても、病気になるときはなるのです。にもかかわらず「皆勤」だからすごいのです。

 学校という社会は、国語や算数の勉強だけではなく、規律や人間関係の築き方をも学ぶところです。これは教科書には載っていません。自分の経験から学ぶのです。だから、学校に来るだけで、社会勉強をしているのです。「皆勤」の人はより多くの社会勉強の経験をしているのです。

 「皆勤」の人には特別に賞状を送りました。最も賞賛されるべきものだと思うからです。

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2009年3月25日 (水)

ラブレターの授業

 ラブレターの授業をしました。国語の授業の一環です。ラブレターというのは、読み手を意識した最高の文章です。だいたい、国語の最後の授業でします。みんなたいていキャーキャー言います。でも、喜んでいるのです。とはいえ、なかなかリアリティが持てないものです。ラブレターそのものに抵抗感がある子もいます。でも、書かないとつまらないので、「どうしても書けない、書きにくいのならば、先生がラブレターを書くとしたらという仮定で書いたらよい。」と言います。一応、全員が書きました。

 その後、男子の部、女子の部と分けて無作為に選んだモノを僕が読みます。教室中が笑い転げます。書いたモノを笑うというのは本来失礼なのですが、この場合、笑われるということは読み手の心に響いているということなのです。つまり、読み手を意識した文章が書けているということです。

 この1年間、相当の量の文章を子どもたちは書いてきました。書いた文章を良ければ良い、良くなければダメとすべて評価してきました。それなりに文章表現力はついてきたように思います。でも、それなり・・・ではダメなんですけどね。もっと、効果的な指導をしないといけませんね。

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2009年3月24日 (火)

即興詩

 不定期で行っている『詩のボクシング』。ここ最近はオール即興詩です。こちらがいくつかのお題の書いた紙を用意していて袋の中に入れます。それをくじ引きのような感じで子どもが引きます。お題が分かって20秒後にフライパンのゴングがカ~ンとなります。事前に読む詩を用意している創作詩とは緊張感が全然違います。しかし、子どもたちは創作詩よりも即興詩を楽しんでいるのです。

 即興は見ている側もおもしろいです。即興がおもしろいのの1つは意外性があるところです。うまい人はやっぱりうまいのですが、あまりそうでない人が、うまい詩を言ったりすることが結構あります。これが即興の魔力です。

 僕たちが話している言葉は基本的に即興です。創作詩のような文章を書く作業は得意不得意が分かれます。文章を書くことが苦手な子は、それを読む際、書いたものに頼ってしまい、言葉で伝えるというより、書かれたことを読むことに一生懸命になります。だから視線はたいてい下を向きます。これでは伝わりません。しかし、即興では読むものがないので、自然と顔が正面を向きます。そして、飾り気のないありのままの言葉を言えるので、心に響くのです。

 即興は事前に話すことを用意しているわけではないので、本音が出ます。そこがおもしろいところではあるのですが、不適切な言葉が登場することもあります。これはある意味チャンスです。全体の場で『言葉』について考えるきっかけになるからです。

 即興に強い子どもを育てないといけないなってつくづく感じます。即興詩で発せられる『言葉』は学級づくりや授業の積み重ねの表れだと思うからです。普段から自分の発する『言葉』を意識させたいものです。

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2009年3月23日 (月)

犬山市、今年は参加

 全国学力テストに唯一不参加だった愛知県犬山市で、今年のテスト参加が委員の賛成多数で決まったそうです。同市は少人数学級や2学期制、独自の副読本の製作などの教育改革を続け、「全国学力テストは格差や過度の競争を招き、学び合って育つ犬山の教育と相いれない。」として2007、08年のテストには参加していませんでした。

 がんばれ犬山!って思っていたけれど、長いものに巻かれてしまいました。まあ、どちらが正しいのかはよくわかりませんが、唯一不参加って、たとえ考え方に自信があっても、冷たい目で見られるんでしょうね。ただ、大切なのは子どもにとってという視点であって、テストをするということは、しないよりも子どもにとっては良いという発想でないと絶対にいけませんがね。

 そもそも何故このようなテストを行うかというと、

国が全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から各地域における児童生徒の学力・学習状況をきめ細かく把握・分析することにより、教育及び教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
各教育委員会、学校等が全国的な状況との関係において自らの教育及び教育施策の成果と課題を把握し、その改善を図るとともに、そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。

各学校が各児童生徒の学力や学習状況を把握し、児童生徒への教育指導や学習状況の改善等に役立てる。

 つまり、それぞれの学校の出来は他と比べてどうかということなのです。しかし、ここで示されるのは全体の平均値です。個人のがんばりはあんまり反映されません。ほたっといても100点とれる子がいます。ものすごい努力しても10点しかとれない子もいます。しかし、価値ある10点です。努力の結晶です。だけど結果として示されるのは「10」という値であって、がんばりは示されません。まあ、その「10」をさらに20に30にするよう、教育指導や学習状況の改善に役立てないといけないのでしょうがね。そのために大金をつぎ込んでテストをするらしいですから。でもねぇ・・・、教育って、全体も大切なのかもしれないけれど・・・。

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2009年3月22日 (日)

心のノート

 日曜日の朝はたいてい早起きです。寝てりゃいいのに、起きて新聞眺めています。ここから長い長いグータラ時間の始まりです。今日もいつものように、なが~い時間をかけて、ただ新聞を眺めます。我が家でとっているのは朝日新聞です。朝日新聞の日曜日版には「教育」面があります。その中に『「心のノート」文科省が改訂』という記事が。

 新学習指導要領が今春から前倒しで始まることに対応するために改訂するとのこと。改訂版では規範意識をさらに重視しているそうで、記載を増やしているようです。今回の「心のノート」の改訂には4億円もの予算をかけているそうです。文科省は他の教材とも併せて授業に役立ててほしいそうですが。

 この「心のノート」。今日の朝の僕のようにボーッと眺めるのは、モーレツにおもしろいのです。相田みつをさんの詩が載っていたり、心の迷いについて書かれていたり。ただ・・・、授業という場では使い勝手が悪いのです。授業でしようとしていることと、たまたま合致するものがあればよいけれど、そんなに都合の良いものはあまりありません。かといって、「心のノート」を使わないといけないということで、無理に資料として使おうとすると、やりたかった授業の本筋から離れてしまいます。ボーッと眺めるにはかなり良いので、朝自習の時間とかにボーッと眺めるには適しているのでしょうが、朝は朝でしなくてはいけないことが大量にあります。結局のところ、「心のノート」の扱いは難しいのです。

 大切なのはわかります。ただ・・・、今回の改訂で使い勝手が良くなったのかなぁ。  

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2009年3月21日 (土)

卒園式

 下の娘の卒園式でした。教員としては何度も経験したことのある舞台ですが、親として参加するのは初めてです。結構緊張するものです。

 卒園証書をもらったあと、娘はこの1年間休まなかったので皆勤賞で表彰されました。皆勤賞は4人だけでした。卒業証書をもらうときは背中しか見えなかったのですが、皆勤賞はみんなの方を向いて証書を受け取ったので、顔がしっかりと見えました。堂々とした顔でした。

 上の娘の2年間と下の娘の2年間と合わせて4年間、この幼稚園には本当にお世話になりました。幼稚園の先生って、とてつもなくすごいと思います。家族だけの世界から社会へ歩み出す第1歩を預かるわけです。自分の思いもうまく表現できない不安でたまらない子どもたちを受け入れるわけです。尋常ないほどの包容力が必要です。そんな先生方の優しさに包まれたおかげで、社会の第1歩をスムーズに歩み出すことができました。もう感謝感謝です。

 4月から第2歩目がスタートします。何だか、ちょっと速くないかなぁ。そのうち抜かれるかも。

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2009年3月20日 (金)

すてきな方々

 昨日は卒業式でした。すてきな方々の話をさまざまな場でうかがえました。まずはPTA会長の祝辞。圧巻でした。紙を読むことなく、卒業生の顔をじっと見ての10分間のあいさつ。おそらく相当練習したと思われます。でも、この方はそんな素振りを見せないのです。立派な方です。思わず拍手をしたくなるような、そんな祝辞でした。

 式が終わったあと、ある保護者と話をしました。その方がこんな話をされました。「人生を楽しむ方法は全力ですること。」と。僕が15年前に教育実習でお世話になった先生も同じようなことを言われていました。つまり、自分の心をどの方向に向けるかなのです。楽しくさせるのも自分、楽しくさせないのも自分ですからね。この方からはたくさんのエネルギーをいただきました。

 そして夜。打ち上げで卒業担任と話していると、すてきなことを話してくれました。「授業の中で子どもの心を変えたい。」と。つまり、国語でも算数でも図工でも体育でも、あらゆる時間の中で子どもの心を変えたいし、変える授業を先生はしないといけないと。例えば、図工で絵を描くのであれば、人の作品と比べたらそんなに良くはないかもしれないけれど、自分が一生懸命がんばったと満足できる作品を描かせること。それが描いた本人の自信になると。そして、そういう絵が描ける授業をしなければならないと。僕たちが子どもと関わる大半は授業です。学校の先生は授業に関しては貪欲でないといけません。それが仕事だからです。授業がうまい先生のクラスの子はやっぱり何か違います。この先生のクラスの子たちもやけにしっかりしていました。

 良い天気になってきました。昨日の焼酎がようやく抜けました。 

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2009年3月18日 (水)

手紙

Photo 明日は卒業式です。最後の見送りの曲を選定していました。候補はたくさんあったのですが、今回はアンジェラ・アキさんの『手紙 拝啓 ~十五の君へ~』に。

 

 負けそうで泣きそうで消えてしまいそうな僕は

 誰の言葉を信じ歩けばいいの

 ああ負けないで泣かないで消えてしまいそうなときは

 自分の声を信じ歩けばいいの

 いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど

 笑顔を見せて今を生きていこう

 これから進む道には楽しいこともあるだろうけれども、つらいこともたくさん待っています。むしろそちらの方が多いかもしれません。甘い誘惑が至るところからやってきます。思春期真っ直中の流されやすい環境の中で揉まれることでしょう。そんなときこそ、周りにたくさんいる友達らしき人の声ではなく、『自分の声』を信じたいですね。本当にその判断で良いのかって。

 荒波の中を生き抜くには『自分』が必要です。『自分』がいないとただその場の雰囲気に流されるのです。善悪の判断ができなくなるのです。何となくみんなが右に流れるから右へ。何となくみんながたばこ吸っているから吸う。何となくみんなが人をいじめているからいじめる。何となく、何となく、何となく・・・・。しかし、『自分』がいないからわからないのです。それがいけないことだっていうことが。

 『自分の声 』、信じましょうね。『自分』って、結構しっかりしてますよ。

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2009年3月17日 (火)

算数セット

 4月から下の娘が小学校に入学します。必要なものにすべて記名する必要があるのですが、最大の難関が『算数セット』です。カードやら数え棒1つ1つに記名する必要があります。最近はそれ専用のシールで簡単にプリントアウトできるものもありますが、プリントアウトしたとしても、1つ1つ貼っていかなくてはいけません。その作業を妻がしてました。しかもお姉ちゃんのお古なので、お姉ちゃんの名前シールをはがして、また張り直すというスペシャル大変な作業。おつかれさまです。

 上の娘が『算数セット』の中のものを見ながら、「これ使ったことがない。」と言います。たぶん、算数セットの中にはほとんど使ったことがないものもあるのでしょう。低学年の算数は特に具体物があった方が良いので、『算数セット』はそれなりに必要です。おはじきとかブロックはよく使いますがね。でも、ほとんど使わないものもあります。僕が1年生を担任しているときも申し訳ないけれどそうでした。

 『セット』というのは面倒なもので、必要なものもあるけれど、あまりそうでないものもセットされているのです。幕の内弁当みたいな感じなのかなぁ。好きなものもあるけれど、そうでないものもあるという・・・ちがうかな。それも授業する側によって使い勝手が変わるので、これまた面倒なのです。だから『セット』はある意味万能なのです。しかし、使わないものにも保護者は、わが子を思い、名前シールを丹念に貼るのです。変な話です。

 だいたい使うのは1.2年生だから、学校の教材備品として必要人数分を一括で購入して、ずっと教室においていたらいいのに。壊れるものでもないので(多少なくなるかもしれませんが。)、10年20年くらいはもちますよ。そしたら、保護者は買わなくても良いし、当然シールも貼らなくてすみます。って、みんな思っているのじゃないのかなぁ。でも、この流れを変えるのは難しいです。今までに購入された方はあまり良い気分ではないし、何より学校に予算がないですからね。

 でもやっぱり学校は考えないといけないと思います。何でもかんでも買えばいいというものでもありません。と思うのですが、個人での購入ではなく、学校での購入なので、結局右に倣えになってしまいます。だから個人の自分にできることは、買ったものを、その値段の価値以上に使いこなすことですかね。と、1つ1つに名前シールが貼られた算数セットを見ながら、今日も反省です。何だか、反省ばかりです。

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2009年3月16日 (月)

指はね

 今日は5時間授業だったので放課後は絶好の通知票づくり時間のはずでした。しかし、通知票に触れもせずに帰宅しました。というのも、放課後は放送室と各教室の配線チェックばかりしていました。勤務先の放送機器はかなり古いです。少し前に修理に来られた方が「これは寿命ですねぇ。」と言っていました。言ってはいたけど、そのままなのですが・・・。天気によってホリュームが変わります。場所によってボリュームが違います。接触が悪いのか、指でピーンって機材をはねたりすると直ったりします。不思議です。

 だいたいが適当に機材を扱っているので、困ったことに他の人に直し方とかうまく説明できません。調子が悪いときはここを指でピーンってはねたら直りますよ、なんて訳がわからなすぎます。でも、機材をいろいろといじるのはおもしろいです。

 それにしてもこの1年で何度も指はねをしました。しかし、この指はねで直ったりするんですから。昔、テレビが映らなくなったときに、バーンって叩いたら直ったときの感覚と同じですかね。デジタルの時代ですが、未だに放送室には昭和の香りが漂っています。

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2009年3月15日 (日)

DVD三昧

Photo  さすがに土日で4本見るのはきついのですが、今日中に返却するようにしてしまったので、4本全部見てしまいました。で、最後に見たのが三谷幸喜さんの『ザ・マジックアワー』。その前に見たのが、『闇の子供たち』だったからかもしれませんが、心底笑えました。やはり笑うのは良いです。

 それにしても、起承転結ではなく、起承転転転転結の作品です。見たあとが非常に爽快でした。これも『闇の子供たち』を見たあとだったから特にそう感じたのかもしれませんが。でも、『闇の子供たち』の見終わったあとの、何とも言えないモヤモヤ感から逃げてもいけないのでしょうが。

 という、DVD三昧の2日間でした。ここ2日でコーヒーを大量に飲んでしまいました。

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2009年3月14日 (土)

カンフーパンダ

Photo  今日はDVDをひたすら見る日と勝手に決めつけました。ということでレンタル屋さんへ。4つ借りてきました。まず最初に見たのが『カンフーパンダ』です。

 憎めないキャラクターが実に良いですね。たまたま「Yahoo!映画」を見ていたら、『カンフーパンダ特集』があって、そこで「カンフーパンダ診断」なるものがありました。あなたの性格を診断しちゃうといったよくあるコーナーです。質問に答えていくと僕は「シーフー老師」になりました。そしてそこに書かれてあったコメントが・・・

 唯一、器用にできないのが、人とのかかわりあいのようです。・・・って。何か、ちょっとリアリティがあって痛いです。そこには「なるべくリラックスできる時間を持ちましょう!」なんて書かれてありました。年度末にも関わらず、週末だからといって全く仕事もせずにDVD三昧の僕が、これ以上リラックスしてはダメでしょう。しかし、まだ借りてきたDVDがあるので、これからまた見ます。リラックス、リラックス。

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2009年3月13日 (金)

予行での仕事

 卒業式の予行がありました。今年は放送担当なので、別室にこもりっきりです。卒業証書授与が終わって、とりあえず一段落。別室から会場に降りると、校長祝辞、教育委員会告示、来賓祝辞、PTA会長あいさつのあいさつ4連発です。予行ではだれかがこの役をしないといけないので、僕はPTA会長役に。すると、教務の先生が僕のところに近寄ってきて、「20秒間、何かしゃべって。」という、難題を突きつけてきました。明らかに僕に何かパッとやってくれということでしょう。

 僕はたいてい予行の時の、このあいさつの中で、演台の前でわざと大げさに転びます。そこで、みんな緊張しているから間違えたり、失敗することもあります。笑ったりしてはいけません。何事もなかったかのようにしましょうといった趣旨の話をします。練習でしなくて、予行というそれなりに緊張感がある中でするから効き目があります。しかし、今年から演台の下の段がなくなりました。つまり段差がないため、つまずく要素がないのです。転けるとおかしいのです。しかし、思いっきり転けました。毎年転けているので、子どもたちは「あっ、またやった。」って思っているだろうし、先生方も知っています。しかし、この瞬間、会場全体の空気が止まるのです。いくら口で「何があっても動じたりしません。」と言ってもわかりません。実際に何かを起こしてみないと。

 僕はたいていその時に卒業生に対しては優しく語り、在校生に対しては厳しく態度のことを諭します。それは、これからの学校を支えていくのは在校生だからです。予行が終わったあと、クラスの子が「先生が転けて目が覚めた。」と言っていました。本音だと思います。1人1人の卒業証書授与に、来賓とかの長い話。じっと座っているだけの在校生にとってはかなり苦痛の時間です。でも、その苦痛を乗り越えないといけないのです。乗り越えさせるためには、それなりの演出も必要です。

 でも、転けた勢いでお気に入りのバインダーが割れてしまいました。あらら。まあ、バインダーは換えがききます。しかし、卒業式という人生の節目の換えはきかないですからね。だからこそ、最高の舞台を教職員が一丸となって作り上げたいですね。

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2009年3月12日 (木)

絵の具から色画用紙へ

 卒業式が近づいてきました。学校中を卒業式ムードにしていくために、卒業生向けの掲示を在校生が至るところに作っていきます。勤務校では毎年4年生が卒業生1人1人の顔の絵を描いていきます。しかし、この場合、うまい人とそうでない人の差がかなり出ることがあります。自画像なら自分の作品ということで済ませられますが、他人の顔ですからねぇ。しかも卒業掲示作品です。それに絵の具の準備後片づけが大変です。さらに、卒業生の数よりも4年生の数が少ないので、1人で2枚仕上げないといけない人が数名出てきます。困ったことです。

 そこで同学年の先生の案、色画用紙で作るという素敵な方法で進めていきました。この場合、色に差が出ないので、どの作品もそれなりのものができます。はさみとのりで作るので多少の間違いも修正がききます。それに個性が出やすくなります。さらに1つの作品をパーツごとに分けて作ることができるので、協力して作ることが可能になります。まあ、どうしても画用紙のムダが出てしまうという欠点もありますが、子どもたちも極力ムダのでないような使い方で作っていました。作った顔を大判用紙5枚に貼りました。立派な卒業掲示ができました。これがまた結構似ているのです。特徴をうまく捉えているのです。この色画用紙作戦はこれからも使えそうです。

 毎年、顔を絵の具で描いていたからって、それに倣ってしまうとこの感覚は味わえません。その時々で適したと思うわれるものに変えればいいのです。来年作られる方が、絵の具の方が味わいがあるとか、水彩画の技術向上を優先的にと思えば、また元に戻せばよいのです。大切なのは去年もこうだったからではなく、子どもたちの実情や子どもたちに身につけさせたいものを総合的に判断して、どの方法を選択するかを決定するということです。だから、なぜこの方法で取り組んだのかが説明できないといけないのです。

 1時間1時間を充実した時間にするためにも、学校の先生の心構えは大切だと思います。

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2009年3月11日 (水)

6年生を送る会

 6年生を送る会がありました。ここで各学年ちょっとした出し物をします。こういうときの出し物は先生側からこれをしますと言って、決まったレールを提示する方が楽なのです。が、決まったレールは提示しません。4月の出し物ならするかもしれませんが、3月です。1年間それなりに学んできているのです。多少時間がかかっても、子どもたちに考えてもらいます(といっても、大して時間はかからないのですが。)。ここで子どもたちが考えられなかったら、それは1年間の僕たちの教え方に問題があったと考えるべきです。

 しかし、ただ考えなさいといっても考えられません。だから、ある程度の枠だけ示します。今回はたまたま音楽の授業で「明日があるさ」のリコーダーの演奏をしたので、それを基本にしました。6番まであるので、1番はリコーダーのみ。2番はリコーダーに替え歌。3番4番はソロリコーダーと呼びかけの言葉。5番はリコーダーと替え歌で、最後の6番は替え歌のみという枠を作りました。そして子どもたちに、リコーダーをがんばるチーム、替え歌考えるチーム、呼びかけ考えるチーム、自分に1番合ったチームに入りましょうと指示しました。チームに分かれたら、すぐに活動が始まりました。1年間通して、このような学年を解体して、自分に1番合ったチームに所属して活動をするということをしてきたので、子どもたちの動きも速いです。しかも自主的に活動しています。

 たいていダメ出しをするのですが、今回はすべて子どもたちが考えた原案のままにしました。変える必要がないほど素晴らしかったからです。CDなど全く使わず、自分たちが演奏し、自分たちが作った歌を歌い、自分たちが考えた言葉を大声で伝える。最高の『感謝』の示し方です。6年生のためという前提ではありますが、確実に自分たちのためになっています。

 クラスの子どもが今の教室で学ぶ日も、あと10日になりました。あと10日。まだまだやれそうです。

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2009年3月10日 (火)

高速道路1000円策

 28日から導入される高速道路1000円策。この策の最大のねらいは『生活対策』です。だから、環境や渋滞は二の次に考えられているわけです。みんなそんなに遠くへお出かけするのかなぁ。いいなぁ。

 期間限定の策です。当面は2年間です。もしかしたら、これから先もずっと1000円で通すということになるかもしれませんが、僕たちのような一般人よりもトラックで荷物を運ぶ人たちにこの権利をさし上げた方がいいのではないでしょうか。トラック業界は大喜びだし、流通が安価に抑えられることで、商品の価格が多少なりとも下がることが推測されます。となると、かなり多くの人が喜びます。ただ、この場合も環境や渋滞のことは考えてはいませんが。

 2年間で何らかの形で効果があるのでしょうか。まあ、やってみなければわかりませんがね。それにしても、この策を満喫するためには、週末に優雅に高速使ってのお出かけができるゆとりと多少のお金が必要ですがね。

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2009年3月 9日 (月)

壁紙

 学校の児童用のパソコンを月に何度かチェックします。すると壁紙が変わっていることがあります。まあ小さなことです。流しても良いことかもしれません。でも、今日も変わっているパソコンがありました。先週の職員会で僕からの提案事項があったので、ついでにこの話をしました。

 「壁紙が変わっていることは小さなことです。まあ、個人のパソコンではなく、みんなが使う学校のパソコンなので、普通は壁紙を変えたりはしないのですが。ただ、問題の本質は、パソコンはボタン1つで良きにつけ悪しきにつけ、いろいろなことができてしまうということです。子どもたちがパソコンに触れていると、意識的にしろ無意識にしろ、トラブルが生じることがあります。このときこそ情報モラルを指導するチャンスです。よろしくお願いします。」と。

 学校現場に情報機器がたくさん入り込んできました。子どもたちにも指導しなくてはいけないのですが、正直なところ先生の方が情報化に追いついていないのが現状のような気がします。だからといって、自由気ままにはいどうぞでは、わからない子はわからないままだし、わかる子はどんどん先に行ってしまいます。ボタン1つでいろいろな情報が手に入る魅惑たっぷりの道具です。壁紙変えることなんて、慣れた子には簡単なことです。

 学校が先手を打っていかないと。子どもの方が柔軟なんだから。

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2009年3月 8日 (日)

変なこだわり

 ここ最近、毎年最後の参観日に「感謝」をテーマにした授業をしています。その中で子どもの親に対するメッセージと1年間の写真をランダムに入れ込んだDVDを流します。結構、感動的です。その後、あのDVDは頂けないのですか?との問い合わせがたいていあります。僕はすみませんが諸事情があってと言って断っています。自分が親の立場でも確実に欲しいのに断ります。これにはさまざまな理由があります。

 最近はこのような形でDVDを作る方が多くなってきましたが、すべての先生がDVDを作るわけではないという点もあります。まあ配る方、配らない方、いろいろあってよいのかもしれませんがね。それに著作権や肖像権の問題もあります。小さなことなのかもしれませんが、どうも引っかかることがあります。1番引っかかるのは、こういう「写真」の扱い方です。

 デジカメが当たり前になりつつある現在、僕たちはクラスの子どもの様子をバンバン撮影します。しかも無許可で。まあ、事前に学級通信に写真を掲載することもあるのでご了承下さい程度の文面は載せますが。しかし、恐ろしいことに僕たちはそれらの写真を自由に扱うことができるのです。だからこそ、扱いには絶対に責任をもたないといけないのです。大して許可も取ってもいないのならなおさらです。

 僕たちが良かれと思ってやっていることかもしれませんが、もしかしたらその映像が公開されることで傷つく人がいるかもしれません。誰もしないとは思いますが、配布したDVDの映像が加工され、悪用されるかもしれません。DVDを渡すことで喜ばれる方はたくさんいらっしゃるでしょう。でもたった1人でもイヤに思う人がいるのに配布するのであれば、それは単なる教師の傲慢になってしまいます。映像や情報の扱いは慎重にならないといけないと思います。特に僕たちのようにさまざまな子どもの映像や情報に簡単に触れることができる職種の人たちは。

 という、ものすごく変なこだわりがあります。そんなにこだわる必要もないことなのかもしれません。DVDに焼き付けるなんてボタン1つでパソコンが勝手にやってくれます。たいていの方が喜ぶんだから、配っちゃえばいいのかもしれません。昨年は保護者の方が僕にDVDをくれたし。でも・・・。今年も3月31日にすべての映像と情報を消去します。それが映像や情報を扱う責任だと思うから。

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2009年3月 7日 (土)

山頂

Kesiki_3  絶好のお出かけ日和。ということで少し離れた山へ。ロープウエーで登っていきました。高さが600mくらいで、気温が3度ちがうとロープウエーに同乗していたガイドさんが言っていました。そのとおりで少しひんやりとした感じ。そこでお弁当を食べたあと、もう少し上まで歩いていけそうだったので、テクテクと。各局のテレビアンテナが並んでいました。するとそこに山頂を示す看板が。ほとんどロープウエーなので大して歩いてもないのですが、妙な充実感がありました。

 山頂から見える海がきれいです。きれいなものを見ると元気が出ます。心の充電できました。でも、家に帰って昼寝してました。あらら。

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2009年3月 6日 (金)

85点(その2)

 今日は参観日で、懇談があり、PTAとの懇親会とスペシャルな1日でした。で、懇親会。昨年の同時期にも同じようなことを書きましたが、やっぱり気になる85点。これはある保護者が僕に言った言葉です。「うちの子は85点だ。」と。可もなく不可もなくの存在なのです。今日も、その保護者との話でずいぶん考えさせられました。100点の子は褒められる存在だし、50点の子は目を掛けられる存在です。でも、85点の子に対してはどうなのだろう。同じように褒め、そして気に掛けている存在であるのだろうか。

 85点の子に対して教師がどう接しているかをリアルに感じるのはその子の親であり、そして、その子自身です。可もなく不可もなくということで、少しでもほっとかれているように感じるのであれば、これは教師の罪です。

 1人1人に対してなんてきれいごとを並べるのは誰だってできます。でも、本当に1人1人に対して僕たち教師は動けているのだろうか。30分の1ではなく、「1」が30という考え方でないと。100点の「1」人も、50点の「1」人も、そして85点の「1」人も、楽しいと感じられる授業を作り、楽しいと感じられる学校生活を築き上げるのが、僕たちの仕事です。思っているだけではダメです。いつも肝に銘じて行動しないと。保護者と話していると、目が覚めます。それは僕の視野が狭すぎるからだと思います。反省、反省。

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2009年3月 5日 (木)

定額給付金交付開始

 定額給付金が交付され始めました。我が市は4月の下旬ぐらいになるのではないかという話です。4人家族で6万4000円と結構太い額です。でも銀行振り込みなので、振り込まれたままになりそうです。現金をそのままいただけるのなら、そのまま何かに使うかもしれませんが。我が家は申し訳ないですが、景気対策に貢献できないでしょう。

 それにしても2兆円のうち、どれくらいの割合で消費に回るのだろう。我が家のように、振り込まれたままですぐに消費に回さないところって、結構あるのじゃないのかなぁ。こうなってしまうと、本当にただのバラまきになってしまいます。

 1月の自殺者が2645人だそうです。不景気の影響でしょうか、悲しいことです。定額給付金はもう決まったことだし、すでに配られ始めているものですが、この2兆円の使い方は、本当に正しいのでしょうか。2645人を2兆円でどうにかすることはできなかったのでしょうか。

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2009年3月 4日 (水)

5年生も学力テスト

 職員会で校長先生がビックリすることを言われました。来年度から市は5年生も学力テストを実施するとのこと。思わず笑ってしまいました。そもそも5年生までもが学力テストを実施するのは、4月の全国学力調査の成績が芳しくなかったせいです。でも、ん?なぜテスト?その予算があるならば、学校の先生の数を増やせばよいのでは?テストの結果を知ってどうするの?

 勝手な推測ですが、まずは次の年の6年生の本番(?)へ向けての経験なのかな。いきなり分厚い冊子に出会うよりも、事前に経験していると多少なりとも点数に変化があることを期待してなのかな。で、もう1つは、先生へのプレッシャーかな。点が低い=指導力不足という目で見られますからね。躍起にならざるを得ない状況になりそうですしね。違うんだけどなぁ。

 学力を高めるのは僕たちの仕事です。しかし、単純に点数化された学力を高める仕事をしているわけではありません。算数の全然できない子が一生懸命がんばって、自力で計算問題を1問解きました。彼にとっては100点以上の価値があります。僕も「すごいぞ!」って大喜びしました。でも、点数化された彼の点はたった5点です。僕は彼のがんばりを大いに評価したいです。しかし、そのがんばりは「学力テスト」というものには大して反映されないのです。反映されるのは5点なのです。

 学校が息苦しくならないかなぁ。

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2009年3月 3日 (火)

年度末

 珍しく、今まで仕事をしていました。まあ仕事といってもビデオを編集していたのですが。今週はしなくてはいけないことがたくさんあります。年度末ですからね。でも、しなくてはいけないことがあるということは幸せなことです。ただ、家で仕事をしたら、やっぱりダメですね。勤務先で仕事を終えられないというのは、仕事の量のせいではなく、僕の段取りの悪さです。

 ここ最近、10時には寝るかなり健全な生活をしていたので、眠たいです。というわけで、今から速攻で寝ます。

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2009年3月 2日 (月)

愛人契約

 インターネットで愛人契約を呼びかけ、応募した女性から現金をだまし取ったとして詐欺罪で起訴された犯人が、さらに26人をだましていた疑いが浮上していることが分かったそうです。この人、複数の出会い系サイトの掲示板に「会社役員 年収4500万 会社2つ経営 月50万で愛人に」などと書き込み、連絡してきた女性と面会。そして、「会社の金で払う。経理が怪しむから、最初は投資してほしい。」などと嘘を言って、現金などを詐取した疑いが持たれています。

 出会い系サイトの掲示板に「会社役員 年収4500万 会社2つ経営 月50万で愛人に」と書き込まれている時点で、かなり怪しい匂いプンプンするのですが。でも、たくさんの人がだまされているわけですからねぇ。「愛人」ってそんなに魅力的なのかなぁ。ということで、「愛人」について調べてみると・・・。

 愛人とは、一般的に異性間において、深い性愛関係にある相手を指すそうです。不倫相手や妾を指すことが多いようですが、この表現自体、単に「愛する相手」であるばかりでなく、ある種の暗示を含んでいる言葉だそうです。ある種の暗示です。なぁんか、そんな感じしますよねぇ。なぁんか、ドロドロした感じしますよねぇ。2時間ドラマの前半部分によく出てきそうな感じです。

 普通の恋をしましょうよ。画面の向こうの顔も知らない相手となんて恋はできませんよ。相手のことがわからないだけではなく、あなたの魅力も画面を通してだけでは伝わりません。月50万円のために、自分を見失ってはいけません。

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2009年3月 1日 (日)

弥生

 今日は1日中、パソコンとにらめっこしていました。学期末に毎回文集を作っています。これは「週末日記」といって、毎週末にお題つきの日記の宿題を出すのです。その学期間に書いたものの中から3つ子どもが選びます。それを1つにまとめます。教師の仕事をし始めてからずっとやっています。教員1年目の1学期と1年生を担任したとき以外はずっとやっているので、今回で35冊目になります。子どもの手書きの文字ではなく、わざわざパソコンで打ち変えるのは、内容が良いのに字がていねいでないために真意が伝わらないものがあるからです。まあ、手書きのページも加えますが。

 1.2学期に比べると3学期は文章の量が飛躍的に多くなります。キーボードを打つのも結構きついです。うれしい悲鳴ですがね。今回は子どもの日記だけでA4サイズ40枚越えてしまいました。ビックリです。

 今日から3月です。最後の仕上げですね。 

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