« 2週連続 | トップページ | 軍事費 »

2009年6月 8日 (月)

脱責任転嫁

 中央大学で高窪教授が殺害された事件で、容疑者が警視庁の調べに「卒業前の忘年会で先生から疎外されていると感じた。」と供述していることが分かったそうです。捜査本部によると、容疑者は学んだことと関係ない会社に就職し、その後、社会的になじめずに職を転々としたことが、教授の影響だとの趣旨の供述をしており、殺意は昨年春すぎから持っていたようです。卒業する前年に忘年会に参加し、「ほかの人は気に入られて楽しそうに話していたが、わたしは先生から話し掛けられず、疎外されていた。」とした上で、「みんながうらやましく、わたしは寂しかった。」と供述しているらしいです。

 こういうのを一方的な逆恨みというのでしょうが、あまりにも責任転嫁甚だしい考え方です。でも、昨年の今日、秋葉原で起こった無差別殺人事件の犯人も悪いのはネットで無視されたせいという訳のわからない責任転嫁が動機でした。

 1931年にニューヨーク市で逮捕されたクローレーという大量殺人犯。彼は最終的に電気椅子に送られる運命になるのですが、彼は自分が悪いとは思わなかったようです。「自分の身を守ろうとしただけなのに、それでも死刑になるのか。」というのが最後の言葉だったそうです。強烈な責任転嫁です。

 秋葉原の事件の被害者の親族が「犯人は人をトラックで轢く前に、ナイフで刺す前に、自分がトラックに轢かれていたら、自分が刺されていたらよかったのに。」とおっしゃっていました。相手の立場がわからないのです。どれだけ痛いか、どれだけ苦しいのかがわからないのです。自分しか見えていないのです。自分がされてイヤなことは人にもしないなんて、小学校1年生にでもわかる当たり前の哲学なのに。

 人のせいにし、人を傷つけても、それは自分が悪いわけではない、相手が悪いからと考えてしまう。まるで、「だって、先に向こうが悪口言ってきたんだから。」ってケンカして相手を殴ってしまった小学生の言い訳です。でも、小さい頃から『人のせいにしない。』『人を傷つけない。』という教えは絶対に必要なんだろうなって思います。自分ときちんと向き合える人になってほしいから。

|

« 2週連続 | トップページ | 軍事費 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 2週連続 | トップページ | 軍事費 »