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2010年2月14日 (日)

丸投げされる学校

Photo_3    図書館に本を返しに行ったついでにまた本を借りてしまいました。これではまた返しに行かなくてはなりません。今日借りた本は珍しく教育コーナーにあったもので『丸投げされる学校』。まあ、学校という場所は丸投げされやすい場所です。苦情も言いやすい場所です。お願いも断られにくい場所です。それだけ頼りにされているということでもありますがね。

 この本の著者の石井さんの基本的な考えは脱子供中心主義。
 「教室で、先生の言うことをきちんと聞く」という常識を欠いたまま入学してくる子供たちを相手に、どのように教育するというのか。「授業中に歩き回るのも個性」などと言い出せば、もはや教育は成り立たない。これらの現実に目をつむりながら、「学力水準が高い、低い」とか、「教科指導がうまい、下手」などと言っている場合ではない。問題は学力以前のところにある。日本の教育は「学校が託児所となりつつある現実」に手をつけないことには、どうにもならないところまで追い込まれている。

 追い込まれてはいませんが、実際に大変な面もあります。だから正しいことを教えないといけないのです。話が聞けなかったら、話を聞かないといけないことを教えないといけません。教室は家で勉強をしているのではなく、みんなで勉強をしているので迷惑をかけてはならないということも教えないといけないのです。

 教師サイドの教え方も考えないといけません。「自ら学び、自ら考え」なんてきれいごとを並べるだけでは、子どもに丸投げしているようなものです。何を学んだらよいのか、何を考えたらよいのか分からないのに、無理があります。だから教えるのです。そして、教えたことが自ら学び、自ら考える土台になるのです。土台もないのに、自分の学びたいように、考えたいようにでは路頭に迷うだけです。

 国母選手もハーフパイプの土台はあるのでしょうが、TPOに合わせた言動の土台がしっかりしていなかったのかもしれません。

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