« 少人数授業 | トップページ | コンビニ強盗 »

2010年4月13日 (火)

自分の感受性くらい

 ここ最近(といっても3年目ですが)、国語の授業の最初に音読をします。音読の題材は僕が勝手に用意します。だいたい道徳っぽいモノが多いです。月曜日に題材を提示し、毎回5分くらい音読します。1週間音読し、金曜日にテストします。で、今回の題材は茨木のり子さんの『自分の感受性くらい』。

 自分の感受性くらい
 自分で守れ
 ばかものよ

 最後の3行のフレーズが印象的です。子どもたちには感受性って簡単に言えば『人としての器』だと話しました。自分に対して、外からいろいろなモノがやってきます。自分にとって都合の良いモノもそうではないモノも。しかし、器が小さいと外から入ってくるモノが全部は入り切りません。都合の良いモノだけは取り入れますが、そうでないものは器からこぼれてしまいます。こぼれたモノは人への文句や責任転嫁に変わります。でも、これって、結構情けないことです。人のせいにしたり、文句ばかり言っている人は、本当は他が悪いのではなく、自分の器の小ささに問題があるのです。本当はそれに気づかないといけないのですが。多少のことくらいなら素直に受け入れることができる器のデカい人間にならないといけません。でないと、結局、自分が苦しくなります。

 でも、4月は慌ただしいせいか、器にヒビが入りやすくなります。ヒビが入るとため息が出ます。黄色信号です。気づいたときに修繕しないと。自分のことくらい、自分で守らないと。

|

« 少人数授業 | トップページ | コンビニ強盗 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 少人数授業 | トップページ | コンビニ強盗 »