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2010年6月20日 (日)

カントさん

Photo  図書館へ。「哲学のえほん」をボーッと見ていました。その中に登場するカントさんの表現。

したいことをする、これは自由ではありません。
欲望や感情などに支配されています。
それでは動物とおなじです。
したいことをがまんして、
しなくてはならないことができる
これが人間の「自由」なのです。

 カントさんは「もし~ならば、~せよ」という条件付き命令に従った行為ではなく、「汝、~すべし」という行為そのものに絶対的価値のあるものが善なる行為であるといいます。だから、ほめられるために良いことをしようとか、怒られないためにがんばろうという行為は結果的には良い行為であっても、善なる行為ではないとみるようです。でも、実際には動機としては不純なことって多いですけどね。何かをするときって、下心が多少はあるときもありますが、仕方なくって思いでやっていることも多いです。本当は、自分から「すべき」と思って行動するのが良いに決まっています。ただ、その段階に全く至っていないので・・・。まずは、とりあえず、行動してみることからです。行動すらできない場合もありますから。

 しかし、さらに追加が。その行為は、「汝の意志の格率が常に同時に普遍的立法の原理と見なされうるように行為せよ」。つまり、いつどこのだれにでも当てはまるものでないといけないということです。これって、結構大切なことです。僕たちはよく子どもに「自分がされてイヤなことは人にもしてはいけない」といいます。それって人と人とがつながる基本です。しかし、人は他人より自分を優先させがちです。同じような悪事に対しても、自分が他人にした悪事には「まあ、いいじゃん、それくらい」って非常に甘く捉えます。しかし、他人が自分にした悪事には「もう、絶対に許さない」ってかなり厳しくあたります。

 自分と同等に相手のことを考えること。本当は当たり前のことなんですけどね。この当たり前のことが分かっていたら、友だちを包丁で刺したりしません。自分が刺されたら、痛いし、死ぬかもしれませんしね。

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