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2010年11月21日 (日)

学習発表会と授業時数

 娘たちの学校で学習発表会がありました。今年度の初めには今年は学習発表会はしないという案内文が出ていたのに、さまざまな保護者からの意見(?)があったためか、開催する方向になったようです。授業時数との兼ね合いで、学習発表会は結構負担です。授業の延長線上と割り切って考えればよいのでしょうが、そう割り切れないのが先生という職種かもしれません。だから、練習に余計に時間を取ってしまいます。そうなると苦しくなります。

 しかし、娘たちの学校のある学年(詳しくいうと、ある先生の持つ学年)は毎年、理想的な発表をします。大した準備物はありません。子どもの声と動きだけです。それが毎年、1番おもしろいのです。今年は英語の発表でした。グループごとにテンポ良く英語を交えた寸劇をしていきます。そしてグループの呼びかけに、グループ以外の周りにいる子たちが応じます。おそらくこの『発表会のため』の練習時間もほとんど取っていないと思います。グループごとにテーマを決めて、簡単に練習して、それを全体で合わせた程度でしょう。まさに授業の延長線上のものです。実にシンプルですが、普段の授業の様子が伝わるステキな発表です。準備物がないので、出入りに時間がかからないのもスッキリしていました。

 勤務校では学習発表会が5年前になくなりました。理由は授業時数確保のためです。確かにやるべき学習内容に対する授業時数の割合がいつもギリギリでアップアップしているのが現状です。しかし、それは授業の効率的な進め方でどうにでもなります。結局は普段の授業がきちんとできていれば、例え発表会という場があったとしても、大して練習の時間を取らなくても、対応できるということなのでしょう。

 来年度から新学習指導要領が始まります。ますます授業時数がギリギリの状況になるかもしれません。さあ、来年は娘の学校の発表会は行われるのでしょうか。

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コメント

 勤務校で数年前に職員会で議論になったとき、学習発表会反対派が多数占めました。僕は賛成派だったのですが。結局、授業時数がポイントになるようです。結局、学習発表会がゴールではなく、あくまでも通過点の発想が大切な気がします。でないと、子どもが受け身のやらせれている感を持ってしまいます(それ以上に先生の方が受け身なのでしょうが)。
 SHOさんとこのHP、毎日拝見しています。恐竜のデカさは尋常ではありません。すごいという単純な言葉で表しては失礼なくらいデカいです。SHOさんの器のようです。

投稿: パパ | 2010年11月21日 (日) 20時56分

学習発表会、確かに賛否両論あるでしょうね。うちは、昨日、フェスティバルという形で行いました。うちのクラスは、1月前から計画をはじめ、約1月間、土日も学校に出てきて準備をしてきました。確かに、授業を確保するには厳しい状況です。しかし、授業では得ることのできない経験ができるのも確かで、この経験により、クラスの団結力や雰囲気がよくなり、そのことがこれからの学習にもつながっていきます。何より、子ども達の一生懸命な姿と、達成感に満ちあふれた顔を見ることができます。これだけでもやりがいがありますよね。現場の教師が楽することばかり考えちゃあいけません。まあ、保護者の意見に振り回されるのもどうかと思いますが・・・。うちのクラスのHPぜひ見てください。アドレス、教えたよね??

投稿: SHO | 2010年11月21日 (日) 20時43分

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