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2011年5月18日 (水)

千葉県の事件

 千葉県で中学校2年生の子が暴行を受けて亡くなった事件。原因はいろいろと報道されてはいます。どうもケンカの復讐のようです。でも命を失うほどの暴行です。考えられないことです。どうもつま先に鉄板の入ったスニーカーで背中を何度も蹴り上げていたようです。この靴、本来は建設現場の安全用で利用されるものです。つまり、ものすごく頑強であるということが推測されます。それで蹴られるのです。裁判とかで犯人に殺意があったかどうかが焦点になったりしますが、この場合は殺意ありと考えるべきでしょう。だって、明らかに凶器なんだから。

 でも、蹴っている側はそんなこと考えないんでしょうね。凶器になる靴で何度も蹴ったとしても、まさか相手が死ぬなんて思っていないんでしょうね。今になって取り返しのつかないことをしてしまったと嘆いたところで、もう遅すぎです。

 どこで間違えたのだろう。周りの大人は彼らを修正することができなかったのだろうか。まだ14歳なのに。 

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コメント

ぶんぶんさん、素敵なコメントありがとうございます。
大人がしっかりしなくてはいけませんね。大人の余裕のなさがモロに子どもに影響を与えているような気がします。

投稿: パパ | 2011年5月22日 (日) 20時07分

本当に痛ましいですね。

死んでしまった子やその親からしたら、
許し難い事件で、殺意ありと思わない限り
気持ちのもっていきどころがありません。

でもおっしゃる通り、加害者側は、自分も驚いている。
とはいえ、知らなかったではすまないと思います。
それは中学生であっても。

東電の、想定外ににている感じがしました。
ここでこんな喩えはよくないでしょうが、
責任を持つべきところに持っていない、
これ以上はいけないという限度を知らない。
人の命を軽く考えている、
だから思わぬ重大事故、人の命を脅かすようなことが
起きると、「想定外」という。言い訳にしか聴こえません。

罪を憎んで人を憎まずは、大事なことですが、
それにしても人の命はやはり重いのです。
例えば、加害者の命を代わりに取り戻せるものならいいけれど、
それができないとても重要なものなのです。

命の大切さ、痛み、ケンカの仕方、加減、悔しさなどの持ち方、どう気持ちをもっていくのか、共感、そういうことを
たくさん経験する時間や余裕を、大人が子どもから奪ってやしないか、と反省します。
やるせなくて、何だかたくさん書いてしまいました。><;;

投稿: ぶんぶん | 2011年5月21日 (土) 16時56分

「自分がされてイヤなことは人にもしない」
そんな当たり前のことができる子どもに大人は育てなくてはいけません。でも、平気で人のイヤがることをする大人がいるのも現実です。
大人がしっかりしないといけませんね。

投稿: パパ | 2011年5月18日 (水) 21時21分

こんばんは。

そうなんですよね。
この子達は、きっと「まさか死ぬ」とは思っていなかったんだと思いますよ。
でも、この「まさか」という言葉がくせものです。

息子の学校の子供達を見ていていつも思うのですが、今の子って、力加減を知らない子が多いですよね。
昨年度、うちの子も学校である場所を7針縫う怪我をしたのですが、やめてと言っている子に対して執拗に手を出してくる。
じゃれあいがじゃれあいじゃ無くなったその瞬間に事故が起こるんですよね。そう、こうしたら相手がこうなるというのを想像出来ない子が多いのです。
ゲームの弊害ですかね・・・。

でもこの事件、それをしてしまった子は、小学生の頃から何かしらのサインを出していたかも知れませんね。

何にせよ、こういう事件は悲しすぎます。

投稿: kiki | 2011年5月18日 (水) 21時12分

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