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2011年11月 9日 (水)

脱、意見を言う授業

 『話し合う』という表現が、指導案によく記載されています。今日、別の小学校で授業を拝見したのですが、その授業の指導案にも『話し合う』という学習活動がありました。しかし、実際には『話し合う』ではなく、『意見を言う』なのです。要は課題をクラスで吟味するのではなく、一方通行に自分の思っていることを言うだけなのです。でも、後の研究協議会ではすばらしかったと多くの方が授業を絶賛されていましたが。

 『話し合う』授業は理想的ではありますが、難しい面があります。個々に考えを持っていて話し合える素地があったとしても、それをクラス全体でとなると壁ができます。その壁は人数です。30人以上のクラスで話し合うとなると、1人が20秒の意見を言ったとしても、クラス全員が何らかの意見を言うならば、10分かかります。誰かの意見に絡んで『話し合い』の形に持ち込むなら、相当の時間がかかるということです。全員の発言を求めないならできるでしょう。しかし、それはただ授業の中にいるだけの『お客さん』をつくる授業に陥る可能性が出てきます。

 だからグループなど、小集団での話し合いを適宜入れていく必要があるのでしょうね。その中で意見を出し合い、吟味した上で、全体の場で話し合えば、ただ『意見を言う』で終わってしまうことはないのかもしれません。

 という僕もなかなか『意見を言う』だけの授業から脱出できていないのですが。でも、たまに他の方の授業を見ると気づくこと、気づかされることが出てくるので、おもしろいです。

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コメント

茶番はいけません。先生の自己満足ですから。
聴かせる状況を作らないといけないですよね。クラス全体を巻き込むような。チープな話し合いでは傍観者をたくさん作るだけですから。

投稿: パパ | 2011年11月10日 (木) 21時49分

基本的に『意見を言う』授業でいいのではないのでしょうか。私も若い時は「話し合う」授業をめざしていました。できるとすれば、グループ学習です。その時のリーダーが重要となります。リーダーに、「○○君はこのような意見でした。△△さんは、……と言いました」と、グループリーダーにまとめさせました。……しかし、学級経営をきちんとしないと成り立ちません。今後(危ない子どもが増えてきている今)、こうした形は無理と思っています。最も確実な形は、教師対一児童という形です。ある児童(ここは大切な部分です:考えてください)と、真摯に向き合い話し合うのです。それを聞く気のある子どもは聴く。それを繰り返します。聴く子も育つし、とうぜん対話者も育ちます。そして、教師自身も。……まあ、茶番劇な「話し合い」は止めましょう。

投稿: tssune3 | 2011年11月 9日 (水) 22時57分

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