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2015年2月 5日 (木)

情報の扱い

 名古屋の小学校でのこと。社会科の授業で、イスラム国によって殺害されたとみられる湯川遥菜さんの遺体の画像などを児童に見せていたようです。授業された先生は「報道の在り方を考えさせ、命の大切さに目を向けさせたかった。結果的に残虐なものを見せてしまったのは浅はかだった」と話しているそうです。

 そういえば、5年生の社会科では情報についての学習をします。先生が言われるように、報道の在り方や命の大切さを考えさせることは必要です。ただし、そのために用いる教材としては不適切と言われるでしょうね。なぜなら、一般的な報道ですらモザイクが掛かっていたり、加工されていたりするんだから。つまり、ありのままを見せるものではないと判断されているものなのだから。

 しかし、インターネット上でモザイクも加工もされていない画像が流布しているのも事実です。それについては学習の中で触れることも必要です。それがインターネットの影の面の1つなのだから。しかし、それは口頭で言えばよいことで、実際にこんなモノまで流れているんですよって見せてしまったら、そりゃまずいですよ。

 この先生が、伝えたかったモノの意図は何となく分かります。ただ、情報の扱いはていねいでなけりゃねぇ。

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