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2015年10月31日 (土)

児童の側にいると

 月に1回程度、中学校の先生が外国語の授業に来られます。先生が授業をされるときは、僕は基本的に児童と同じ立場でいるようにしています。だから、席も用意して児童の隣に座っています。すると、見えなかったものがずいぶん見えてきます。何が見えるかというと、外国語の難しさです。

 例えば、数字を英語で順番に言っていきます。途中で詰まったり、間違えたりする子がでます。教壇に立っていると、何で詰まるのだろう、間違えるのだろう、そんなに難しくないのにって思いがちですが、実際に児童側にいると違います。難しいのです。ドキドキするのです。子どもが、様子を見ながら先読みして自分は何を言えばよいかって考える気持ちがよく分かります。瞬時に反応できないのです。でも、教師目線でいるとそれに気付きません。

 小学校の場合、外国語の授業は週に1回しか行われません。それで、きちんと習得しよう何てのは無理な話です。じゃあできないままでいいのかといえば、そうでもないのが現実です。この辺りの折り合いが大事なんでしょうね。ただ、これから外国語の活性化がますます図られます。今のようにただコミュニケーションさえしておけばというわけにはいかなくなります。求められるものが多くなります。子どもの負担も増えるのでしょうが、教員の負担もかなり増大します。にもかかわらず、政府は教員を削減しようとしています。変な話です。

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